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放課後。
国分寺の北口側は、いつも生徒の数が多い。そこで、駅のコンコースを抜けた南口側の店を使うことにした。
特段、西念は俺と外で会うことについて気にしていないらしい。
こちらが会う場所について提案しても、「どこでもいい」という返信しか来なかった。
入店して二十分ほどすると、ジャケットを小脇に抱えた西念がやって来た。俺の前に座ると、バーガーを食べ始める。
「何を注文したんですか?」と尋ねると、バーガーを頬張りながら一言「ハラペーニョ入ってるやつ」と返ってきた。
一頻り食べ終えると、西念はコーヒーを飲みながら、口を開いた。
「で?」
余りにもぶっきらぼうな物言いに、自分の顔が歪んだのがわかった。
とりあえず、西念に今日澤田先生から訊いたことを報告した。
話し終わると、西念が「期待はしないが」と話し始めた。
「その演劇部員の名前は聞き出せたか?」
一抹の憤りを感じながら、俺は首を横へ振った。
「期待はしないが」は引っかかる。俺が悪いわけじゃない。澤田先生ですら彼女たちの情報は知らないのだ。
これ以上嫌味を訊きたく無かったので、更に報告を続けた。
「自殺した二人の情報はわかりませんでしたが、演劇部の前任の連絡先を手に入れました」
いつも眠そうな西念の目が少し開かれた気がした。
「ただ……前任の高木先生は、澤田先生の赴任の直前に亡くなっています」
西念の眉が少し動く。だが奴はそれについては何も訊いて来なかった。
「澤田先生から、高木先生の奥様の連絡先を頂いたので、連絡してみました」
笹岡と会った後、時間ができたので連絡してみたのだ。
「どうだった?」
「……もう電話をしないで欲しい旨を伝えられて切られました」
西念は不思議そうに俺を眺めると、腕を組んだ。
「突っ込みどころが沢山あるな。
まず、その高木という教師が死んだのは十五年前だというが、突然亡くなったのか?」
「そのようです」
「奥さんには何て言ってアポ取ろうとしたんだ?」
「えーと、高木先生のことを教えて欲しいって言って……」
西念の眉が再び動いた。更に奴は、大袈裟に息を吐き出す。
「……連絡先教えろ」
渋々、西念に連絡先を渡す。こんな反応されるなら、正直に言わなければ良かった。
ブラック企業の上司と言うと、正にこういうイメージだ。
西念は自分のスマホで電話番号を打ち込む。しばらくして相手が出たようで、話を始める。
「恐れ入ります。私、聖叡大学大学院、民俗学研究室所属の西念誠と云う者ですが」
衝撃だった。
西念のやる気のない顔からは想像できない、高めのトーンの声が口から出てきた。
トーンは高いが、猫なで声でもなく、癇に障る感じでもない。ただの良い声だ。
西念はしばらく高木婦人と話していたが、十分弱ほどで「では、また明日」と言って電話を切った。
そして、
「明日高木家へ行くぞ」
と低い声で、怠そうに首の骨を鳴らしながら言った。ギャップが酷い。
「……恐れ入りました……」
素直にそう言うと、西念はコーヒーを飲み込んだ。
「別にお前が苦手なことをわざわざする必要はない、と俺は思う。
けれど、今後自分に必要な技術だと思うのなら、相手が話したくなるような話術は身に着けるべきだ」
フォローが入ったことが悔しかったが、電話口での門前払いを受けた手前何も言えず、俺はバーガーを口に運んだ。
「今回は奥さんのご厚意だろうな。多分、俺が昼間電話してきたお前の仲間だとわかって、取材を了承してくださった」
食べていたバーガーが胸に詰まるような切なさを覚え、俺は食べる手が止まった。
更に嫌味を言われるかと思ったが、西念は背もたれに凭れると、頭を掻いた。
「とはいえ、こっちも報告できるようなことが無いな」
「……先生は何を調べるんでしたっけ?」
「死んだ生徒たちの調査だよ」
そう言って、スマホの画面を出す。少し古い写真集のようなものが映っていた。
「これって」
「これは一九九四年の卒業アルバムだ。こっちは八二年の」
「……そんなものどうやって」
「校長室に歴代の卒アルがある。
この学校の校長、グラウンドに住んでいる猫を見に行く時間帯があるらしくてな。その間に忍び込んだ」
校長にそんな日課があったことも驚きだし、西念が忍び込んだことも驚きだった。
今時、個人情報が含まれる文書は鍵のかかるところにありそうなものだが。
……西念がこじ開けた可能性は無視しておく。
俺は西念に断って、スマホ画面を弄らせて貰い、写真を見比べる。
念のためなのか何なのか、ここ数年の卒アルから、十五年前の卒アルの写真も何枚か撮影してある。
しかし、十五年前の卒アルには、相生を初めとした亡くなった女生徒の写真は掲載されていないようだった。
「九四年と、八二年。
この二つの年だけ、死んだ生徒が卒アルに映っていた」
「え、逆に亡くなると載せて貰えないんですか?」
「除籍扱いになるからな。実際、この二つの年以外に、亡くなったメンツは写ってなかった。けれど、遺族の意向やクラスの希望があれば載ることもある」
それを訊いて、不安になった。歩も、卒アルには載らないんだろうか。
無言になっている俺をよそに、西念は写真を指さす。
「死んだ奴らのプロフィールはバラバラだ。クラス以外に共通点は無い。
部活も違う。卒アルに載っている範囲でしかわからないが、美術部、吹奏楽部、漫画研究会、あと卓球部」
「やっぱり文化部が多くないですか?」
「確かに文化部は多い。
だが運動部もいる。そもそも、この学校は文化部の所属生徒が多い。必ずしも『文化部所属』だということが原因とはいえない」
西念は乗り出していた姿勢から、元の位置に戻った。
「けれど少なくとも、この中に演劇部はいないな。
――田中先生から貰ったリストの方にも、演劇部所属の生徒はいなかったよな?」
俺は頷く。
六十年前、演劇部で相次いだ二件の自殺。それがきっかけで、演劇祭は廃止の危機に追い込まれた。だが、演劇部が裏方に徹することを宣言し、存続が許された。
「そこで、澤田先生の話が活きてくる」
そう言った西念に、首を傾げた。
「どういうことですか?」
奴はコーヒーのカップの端を頻りに擦った。
「生徒の自殺。学校側とのいざこざがあって、演劇部は演劇祭に直接的な参加ができなくなった。
逆に言えば、演劇部員はその時点で監督には就けなくなったんだ」
「……そっか」
俺の口から、思わず言葉が漏れた。
監督職に就けない。
西念の推測が正しければ、その事実は即ち、呪いの対象にはならないことを意味する。
その規律ができてから、演劇部員は呪いの対象から除外されたという線が濃厚だ。
けれど、一方で疑問が残る。
「六十年前、自殺したという二人は演劇部です。二人の死は呪いではなかったんですかね?」
ノートを眺めながら、西念は首を振る。
「今ある情報だけじゃ、そこまでは特定できないな」
確かに、手元には田中先生と澤田先生から訊いた、亡くなった生徒たちの情報しかない。
呪いの元凶だと思われる、あの少女についてはどこの学校の所属だったのか、何でこんな呪いを発しているのかわからない。
他校の生徒なら、学校名くらい、誰か言い伝えてくれたっていいのに。
「少女の霊についてはどうだ?」
そら来た。
一先ず、笹岡から訊いた、少女を見始めた時期についての報告を始める。
西念は俺の話を訊いて頷いた。
「やはり、監督になることと、少女が見えることに関係はありそうだが……―。
監督になってから少女が見えるまでにタイムラグがあるとわかりにくいな。
笹岡は、少女が見えるに至った原因に心当たりは?」
「……そもそも確認してないです」
それを聞いた西念はあからさまに肩を竦めた。
まずい。
呆れている。
「でも、笹岡から訊く感じ、少女はやっぱりうちの学校の生徒じゃないような気がします。
噂通り、制服を着てるんです」
そう付け加え、慌ててベレー帽付きの制服の話をする。
静かに俺の話を訊いていた西念は、話の途中でスマホを操作し始めた。
「ちょっと西念先生、訊いてます?」
声が自然と尖る。
いくら俺が無能でも、人の話の最中にスマホ弄るとか、ちょっと態度が悪過ぎるんじゃないだろうか。
イライラしていると、西念は再びスマホを差し出してきた。
「お前の言ってる制服、これじゃないか?」
覗き込む画面には、先ほどの卒業アルバムと同じく、学生の写真が並んでいる。
しかし、決定的に違うところがあった。
写真はモノクロ。
そして生徒たちは制服を着ている。
その中でも、女子はワイシャツに襟の無いジャケット、ベレー帽という出で立ちだ。
色まではわからないが、まさに笹岡の言っていた飾り気のない制服そのものだ。
「これ、どこの学校ですか」
写真が相当古い。笹岡と一緒にいた時、検索した高校の過去の写真だろうか?
西念は言った。
「さっきと同じく、お前の高校の卒業アルバムだ」
「は?」
思いがけない言葉に、心の中の叫びが素で口を衝いて出てしまった。
「この学校、野球部だけ学ランあるだろ。あれは、恐らくだが、制服があった頃の名残だ。
俺の地元の私服校も、同じような規律があった。
この写真は、制服があった時代の卒アルだよ」
野球部の普段着である学ランが頭を過った。
そう言われてみれば、一年の頃野球部の奴に「どうして野球部だけ学ランなのか」と尋ねた時に、「制服が廃止される前からの名残だ」と言っていたような気がする。
思いも寄らなかった。
女子の制服がベレー帽付きなんて盲点だった。
「この学校の制服が廃止されたのは一九七四年。
生徒が服装選択の自由を学校側に主張して、署名を集めた上で実施された」
「訊いたことはあります」
「その時代の気風だろうな。
六十年代の学生運動の高まりと共に、軍国主義を想起させるデザインは忌避され、七十年代に全国で制服廃止運動が強まった。
……まあ俺は、制服はあると便利だと思ったがな」
「……西念先生が制服着てるところって想像できないですね」
詰襟姿で表情の無い西念を想像して、吹き出しそうになるのを必死で堪堪えた。
ロン毛で仏頂面の学ラン姿は、何ともシュールだ。
「……俺にも学生時代くらいある」
俺の失礼な想像を感じ取ったのか、西念は憮然とした表情で呟く。
「今も学生じゃないですか」
西念は居心地悪そうにコーヒーに口を付け、咳払いを一つした。
「とりあえず、これで調査範囲がだいぶ狭まった」
「はい」
要は、事件に他校の生徒の恨みなど存在しなかった。
全てがうちの高校の中で完結する、内輪揉めなのだ。
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