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「高木先生は何かご存知だったんですかね」
「わからない」
西念はサンドを齧りながら繰り返した。
駅前のカフェに入って二十分。この朴念仁は一事が万事このような感じだった。
何分も黙って食べているかと思えば、こちらの質問には「わからない」と返す。
「答えている気になってるんでしょうが、それ無視と同義ですからね」
あまりにも放置プレーが過ぎるこの男に、いい加減苛立ち、気持ちが口を衝いて出た。
「……彼が何かを調べていた可能性は高い。
亡くなった生徒の共通点にいち早く気付いたんだろう。そこから、独自に調査をして、『沼田亜矢子』に辿り着いた可能性はある」
西念はそう早口で言うと、「それ以上はわからん」と言い捨て、再び黙り込んだ。
奴がとにかく何か考え込んでいるので、手持ち無沙汰になってしまう。
仕方なしに、一人、婦人の言っていたことを紙面で整理する。
『高木』という文字を書いた。
それを丸で囲んで、その下に『自殺、十五年前』と書く。
隣に、『沼田亜矢子』と書いた。『高木』から『亜矢子』へ矢印を伸ばし、近くに『知っていた?』と記す。
沼田亜矢子についてわかるのは、それだけだ。
高木先生が知っていた。それだけ。
その高木先生は十五年前に死んだ。勤続年数は五年。それまでは元気だった。
しかし、十五年前の秋口に、突然亡くなる。
話だけ訊けば、高木先生はただの過労にも思える。現に、婦人はそう思っている。
けれど、何故高木先生が沼田亜矢子と書き記したのか、突然様子が変わったのか、わからない。
一方で、それは何か意味深にも思えた。
続いて高木先生の名前の脇には『澤田』と書いた。高木の連絡先を教えてくれたのが澤田先生だったから、という理由だったのだが。
「……澤田先生、今日休みだったそうだな」
その声は目の前からした。
一瞬、心を読まれたのかと思った。俺が、『澤田先生が今日学校を休んだ』と訊いたのは佐伯からだ。
顔を上げると、西念がつまらなそうな目で俺の書いた紙を見ている。
俺が嫌味を言おうと口を開いた時、目の前の朴念仁は重ねるように言った。
「高木先生の前任が辞めたのは、彼が赴任する直前だ」
開いた口から「それが何か?」という言葉を紡ぎかけて……それを止めた。
嫌な温度を持った汗が、じわりと出るような気がした。
高木先生の勤続年数は五年。その直前に、前任は辞めた。
ーーその前後に、何かがあった気がする。それは何だったか。
「高木先生の赴任の半年ほど前、生徒が二人死んでる」
その言葉に、西念が捨て身で撮影した卒アル写真が、脳裏に蘇った。
高木先生の赴任の半年前、つまり今から二十一年前、男子生徒が二人亡くなった。計算だと、高木先生はその翌年赴任している。
「それって、生徒が死んでいる年は、演劇部の顧問も亡くなっているかもしれない、ということですか」
西念は片手で頬杖をついた。
「亡くなっているかはわからない。田中先生に訊けば一発でわかるだろうが。
けれど事実として、高木先生も、その前任も、生徒の死の前後に学校を辞めた。更に、澤田先生は今体調を崩し始めている」
思わず頭を抱えそうになる。
怪異の原因も勿論気になるが、これ以上、人が悲しい思いをするのを止めたい。
婦人のようなーー寂しい背中を増やしたくなかった。
「焦ってもどうしようもない。とにかくやれることをやる、だ」
その通りだが、気持ちばかりが焦る。何故、西念がそんなに冷静なのかわからなかった。
けれど、事実としての演劇部教師の不幸と、生徒の死との関係性は今のところ全く分からない。今は脇に置いておくしかない。
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