九月十七日(木)

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「高木先生は何かご存知だったんですかね」 「わからない」  西念はサンドを(かじ)りながら繰り返した。  駅前のカフェに入って二十分。この朴念仁は一事が万事このような感じだった。  何分も黙って食べているかと思えば、こちらの質問には「わからない」と返す。 「答えている気になってるんでしょうが、それ無視と同義ですからね」  あまりにも放置プレーが過ぎるこの男に、いい加減苛立ち、気持ちが口を衝いて出た。 「……彼が何かを調べていた可能性は高い。  亡くなった生徒の共通点にいち早く気付いたんだろう。そこから、独自に調査をして、『沼田亜矢子』に辿り着いた可能性はある」  西念はそう早口で言うと、「それ以上はわからん」と言い捨て、再び黙り込んだ。  奴がとにかく何か考え込んでいるので、手持ち無沙汰になってしまう。  仕方なしに、一人、婦人の言っていたことを紙面で整理する。  『高木』という文字を書いた。  それを丸で囲んで、その下に『自殺、十五年前』と書く。  隣に、『沼田亜矢子』と書いた。『高木』から『亜矢子』へ矢印を伸ばし、近くに『知っていた?』と記す。  沼田亜矢子についてわかるのは、それだけだ。  高木先生が知っていた。それだけ。  その高木先生は十五年前に死んだ。勤続年数は五年。それまでは元気だった。  しかし、十五年前の秋口に、突然亡くなる。  話だけ訊けば、高木先生はただの過労にも思える。現に、婦人はそう思っている。  けれど、何故高木先生が沼田亜矢子と書き記したのか、突然様子が変わったのか、わからない。  一方で、それは何か意味深にも思えた。  続いて高木先生の名前の脇には『澤田』と書いた。高木の連絡先を教えてくれたのが澤田先生だったから、という理由だったのだが。 「……澤田先生、今日休みだったそうだな」  その声は目の前からした。  一瞬、心を読まれたのかと思った。俺が、『澤田先生が今日学校を休んだ』と訊いたのは佐伯からだ。  顔を上げると、西念がつまらなそうな目で俺の書いた紙を見ている。  俺が嫌味を言おうと口を開いた時、目の前の朴念仁は重ねるように言った。 「高木先生の前任が辞めたのは、彼が赴任する直前だ」  開いた口から「それが何か?」という言葉を紡ぎかけて……それを止めた。  嫌な温度を持った汗が、じわりと出るような気がした。  高木先生の勤続年数は五年。その直前に、前任は辞めた。  ーーその前後に、何かがあった気がする。それは何だったか。 「高木先生の赴任の半年ほど前、生徒が二人死んでる」  その言葉に、西念が捨て身で撮影した卒アル写真が、脳裏に(よみがえ)った。  高木先生の赴任の半年前、つまり今から二十一年前、男子生徒が二人亡くなった。計算だと、高木先生はその翌年赴任している。 「それって、生徒が死んでいる年は、演劇部の顧問も亡くなっているかもしれない、ということですか」  西念は片手で頬杖をついた。 「亡くなっているかはわからない。田中先生に訊けば一発でわかるだろうが。  けれど事実として、高木先生も、その前任も、生徒の死の前後に学校を辞めた。更に、澤田先生は今体調を崩し始めている」  思わず頭を抱えそうになる。  怪異の原因も勿論気になるが、これ以上、人が悲しい思いをするのを止めたい。  婦人のようなーー寂しい背中を増やしたくなかった。 「焦ってもどうしようもない。とにかくやれることをやる、だ」  その通りだが、気持ちばかりが焦る。何故、西念がそんなに冷静なのかわからなかった。  けれど、事実としての演劇部教師の不幸と、生徒の死との関係性は今のところ全く分からない。今は脇に置いておくしかない。
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