九月十八日(金)

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「それで、何で俺がその脚本の成り立ちについて知っているって思ったわけ?」  教室を飛び出して俺が向かったのは、演者たちがリハに挑んでいる講堂だった。  うちのクラスはちょうどリハが終わったところだ。  舞台袖で主役の女生徒役二人の指導に入ろうとしていた笹岡は、イライラと答える。  俺と笹岡の会話が始まってから、クラスメイトは「休憩に行く」と言って去っていった。  去り際にヒソヒソと何か話していたのが癪だが、とにかく無視して会話に集中する。  緞帳(どんちょう)の向こうに見えるステージがもの珍しく、焦っているはずなのについつい覗いてしまう。 「何となく。もの書いてる人なら気持ちわかるかと思って」  正直に伝えた。  放課後になってからも、西念は顔を出していなかった。  今日が実習の最終日だし、ちょっと忙しいのかもしれない。つまり、調査は完全に止まっていた。 「お前は、猫飼ってる人に『犬飼いたいんだけどどう思う?』って訊くのか?」  そう言って、笹岡は踵を返した。絶妙に、よくわからない例えをする奴だ。  幽霊が見えたり、死にそうになっているというのに、笹岡は相変わらず強情だった。ひょっとしたら、こいつなら生き残れるのではないだろうか。 「なあ、本当に見えるのか?」  そう尋ねた俺に、笹岡はフンと鼻を鳴らした。 「……幽霊を疑うなんて、オカルトマニアが訊いて呆れるな。  もう慣れたんだよ。今は向かいの袖から顔だけ出てる。気持ち悪いったらありゃしない」  心臓に毛でも生えてるんじゃないか、というくらい平然と答える。  俺は緞帳の影から、向かいの袖を見やった。  眩しいほどのステージの向こう。  何人か裏方や演者がウロウロしているが、笹岡の言うような少女の顔は見当たらなかった。  俺は思わず溜息を()く。  こんなに強情だからこそ、クラスの皆が迷うことなく準備をできたんだろうけど。    気を取り直して、俺は本題に入った。 「なあ、お前、歩の脚本が盗作だって、知っていただろう」  笹岡はもう一度、俺の顔を見た。少し驚いているようだった。 「だから、何か解るんじゃないかと思ったんだ。なんでもいい。情報をくれ」  お前の命のためでもあるんだぞ、とはあえて言わなかった。  こいつは演劇祭に命をくれてやるような奴だから、言っても無駄だ。  笹岡は躊躇っている様子だったが、じきに口を開いた。 「……何も知らない。けど、歴代の脚本集を読んだ奴はわかる。あの脚本は凄くできが良い」  そう、戸惑ったように言う笹岡の背後に、反対側の袖の暗がりが見える。 「ストーリーの流れはオーソドックスだけど、審査員である高校生の心情を上手く突いている。  主人公の女生徒が同級生をライバル視して、(おとし)め、けれど最後に認め合う流れが、三十分モノだと思えないくらいまとまっている」  確かにその通りだった。  言葉遣いや時代背景は古臭いと思ったけど一連の構成は面白い。  少女たちの性格がさばけていて、最後にはお互いを認め合う爽やかなラストも良かった。  ――評価なんて、時と、人によって変わる。  ――そんな不確かなものより、今在る自分を見てみなよ。  主人公・河合が勝ちたい余り、ライバル視していた少女・深川の脚本と似たものを書いた際、主人公にかけた言葉。それも酷く印象に残るものだった。  歩の目には、この作品の登場人物たちはどう映っていたのだろう。  笹岡は続けた。 「俺は、書いた人間の実体験じゃないかと思ったんだ」 「浅井清恵の……?」  俺の口からその名前が出るのが意外だったのか、笹岡は少し目を見開いた。 「そこまで知ってるのか」 「だから訊いてるんだ。お前が教えてくれればもっと話が早かったんだけど」  嫌味を言うと、笹岡は目を逸らした。色素の薄い髪が無造作に揺れた。 「……それについてはごめん。……言い辛かったんだ。お前には特に」  確かに、『お前の親友が脚本パクってる』なんて言い辛い。  しかも俺と笹岡は仲が悪い。歩が生きていた時の俺なら、噛みついていたのが関の山だろう。  俺が逆の立場でも指摘できなかった、と思う。  けど。 「……お前もっと怒って良かったと思うぞ?」  笹岡が俺を見る。 「お前は自分の力で勝負してたじゃないか。何で委縮する必要があったんだ?」  歩は大切な人だった。俺にとって、それは変わらない。  けれど、そのこととあいつが盗作をしたことは何も関係がない。歩がやったことは、誰であったってしてはいけないことだ。  笹岡は困ったように笑う。 「言えなかったんだよ」 「え」 「牛尾の脚本読んで、すぐに『あの話だ』ってわかった。  牛尾も、俺が気付いたことはわかっていたと思う。牛尾の俺に対する当たりが強くなったし、それで確信した」  確かに、歩は夏休み明けから、笹岡に対する当たりが強くなった。  あれは、笹岡が言う嫌味に応酬していたわけではなく、『盗作だとバラされるかも』という怯えから来ていたのか。 「けど俺も、他の作品の影響を受けていないなんて、言い切れなかった。  今回だって、脚本を書いてみたら、自分が以前読んだ話と部分的に似ていたりした。影響を受けてたってことだよ。  それと、牛尾の丸パクリの何が違う?」  笹岡はステージに背を向ける。奴の声が、酷く辛そうに響いた。  俺は単純に「馬鹿正直だな」という感想を抱いた。こいつと歩の違い、決定的なのが一つある。 「そんなの、お前は最後まで自分の作品になるように考え抜いたんだろ」  笹岡の肩が揺れた。 「盗作っていうのは、自分の頭で考えるのを辞めるってことだ。  俺だって、素敵な記事の書き方があったら、それ模写してみたりする。けれど、それを一言一句、自分の記事に使うわけじゃない。その中の『技』を盗むんだ。お前がしたのはそういうことだろう?最後まで頭で考えたんだろう?」  笹岡が振り返った。  俺を見る顔は、少し歪んでいる。  次の瞬間に、その目はステージに向けられた。 「俺、堂々としていれば良かったのか……」  そう言って、笹岡は言葉を切った。 「それだけで、良かったのか」  笹岡は、自分に言い聞かせるように言った。  俺たちの間に沈黙が流れた。  そうしている時間は束の間だっただろう。  笹岡が再び俺を顧みた。 「……とにかく、この脚本はそれだけリアリティというか、臨場感がある。この作者の体験だと思った。俺からの所感は以上」  もう行かなきゃ、と言い置いて、笹岡はその場を後にした。 「強情なこって……」  その背を見ながら独りごちる。  けれど、自分で呟いたその言葉に、呆れだけじゃない嬉しさの色が混じっていることに、俺は気付いた。
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