九月二十二日(火)

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「あの時、燃やしたのって……」  西念は頷く。 「『青の季節』の載っている脚本だ。  事態は酷く単純だった。  生前の咲子はあの脚本に執着していた。それを確信したのは、お前が呪われた事実があったからだ」 「俺が呪われたこと?」  西念は無言で缶コーヒーを口につける。  そして一息置いて、再び話し始めた。 「お前、図書室にあった亜矢子の脚本をコピーしただろう?」  自分の行動を思い返す。  確かに、西念に見せるため、一週間ほど前に脚本をコピーしている。 「それがトリガーだったんだ。  本当の呪いの発動条件は、恐らく二つだ。  『“青の季節”の脚本をコピー、もしくは書き移すこと』。  あとは『脚本家または監督が死んだあと、脚本を引き継ぐこと』だな。  その証拠に、全校分の脚本をコピーしていた演劇部の顧問も死んでる」 「あ、そうか」  俺達は演劇部の顧問が死ぬこととの因果関係については解明できていなかった。  実際、歴代の監督就任者は少なくとも演劇祭コンペ用にコピーを作ってるはずだ。  つまりその際に、呪いが発動する。 「笹岡は、牛尾の呪いを引き継いだ。その牛尾は、図書室の脚本からコピーをしたはずだ。  盗作をした以上、過去の卒業生から脚本集を貰って、というのは考えづらい。  それにお前も。  お前の場合は最悪だ。図書室の分を全部コピーしてる。  だから手当たり次第燃やしたってわけだ」  西念は溜息をつきながら、やれやれとでも言いたげな声音で言った。  それに納得しかけ……一方で、気付いたことがあった。 「え、でも待ってください。  コピーで呪われるってことは」  その先を言うことを躊躇っていると、コーヒーに口をつけていた西念がこちらを一瞥した。  そして、缶を握り込み、その手を座り込んだ膝の間へ下ろす。 「……もっと、被害者は多いかもな」  ーー四十年間で、十五人。  それも田中先生が覚えてる範囲の話だ。  そのうち何人が、この脚本の犠牲になったんだろう。  ……もしかしたら、それ以上。  俺が黙り込んでいると、脇から鼻で笑う声がした。  見ると、西念は口の端を上げて笑っている。 「まあしかし、お前が呪われてくれなかったら、『コピーする』という条件は見つからなかったし、咲子が脚本に執着していることはわからなかった。お手柄だぞ」  思わず顔をしかめた。  別に俺だって、呪われたくて、呪われたわけじゃない。 「まあ、最後まで何で少女の霊が出てくるのかはわからなかったけどな」  西念が伸びをしながら言った。  何と返したものかわからなかった。  呪いの元凶は泉咲子だった。  けれども、呪いの元凶でも無いのに、咲子に殺される生徒たちの前に必ず出てくる少女の霊。 「……あれは、亜矢子と清恵、どちらだったんでしょうか……」 「さあな。俺は一切見えも聞こえもしなかったからな」  俺だって、普段は見えない。  けれど、彼女はそんな鈍感な俺にも、何かを伝えたかったのだ。  そしてそれは、俺たちに危機が迫っている、という情報だったのかもしれない。  そこまで考えて苦笑いした。  咲子とは異なり、何も語らなかったから、彼女の本心はわからない。  本当は生きている俺達が妬ましかった可能性だってある。  だけど、俺はそうじゃない気がしていた。 「おい、西念!ちょっと来い!」  七尾さんが西念を呼んだ。 「今行く」  西念はそう言うと立ち上がった。  ところが、ピタ、と立ち止まった。  不思議に思っていると、西念がゆっくり言葉を発した。 「牛尾は、最後まで迷ってた」  その言葉の意図を図りかねて、首を傾げる。 「牛尾は、演劇祭の監督が決まった夏休み明けから、きっかり二週間後に死んでいる。  ーー最後の最後まで、それをするか迷ってたんだ」    ようやく、西念の言いたいことがわかった。  けれど、その事実はあまりに残酷で。  俺は出来合いの言葉でも、紡ぐことができなかった。    西念はそのまま、七尾さんの方へ駆けて行った。
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