レンタル勇者

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 その威圧に耐えながらも盾と剣を構え、竜と対峙した。高さは3メートルくらいだろうか…大きな翼も備えてあり全体的な大きさは分からないけど僕が今まで見た竜の中では最大。  竜は僕らに先制攻撃と言わんばかりの黒い息吹を放った。  それを盾でガードしながら僕はあと25分間どうやって耐え凌ごうということだけを考えていた。やはり盾で守るのが一番無難ではあると考え、盾を前に出し剣をしまった。  やはりこの世界最高の盾は作りが別物だと実感できる。これならずっと耐えられそうな気もすると実感していた。 「なんで!?剣しまっちゃったの!?」 「あ…えっと…守るので必死になってしまって」  皆こうやって耐えているんだろうな…と思いながら、僕は全力を出したいという気持ちを抑え、その竜から放たれる攻撃を次々といなしていく。 「え?なんで攻撃しないの?」  ミキさんはどうやら僕が攻めない気でいるのを見破ったらしい。だが僕には残り5分で、本気を出して攻めるという使命感があったから聞く耳を持たなかった。 「え?ちょっと無視!?」 「あと…何分ですか?」 「え…あ…あと…15分です」  あと10分…  体内で秒数を刻んでいると、竜の尻尾により僕の身体は横に吹き飛ばされた。伝わってくる衝撃はそこまで感じられず、やはりこの防具はすごいものだと感じた。その竜はミキさんに向かってブレスを吐こうと予備動作をするので、咄嗟に彼女の前で盾を構えた。  受けるのが下手だったのか盾は半壊し、僕の身体にダメージが残った。だがそれも彼女の手によって治っていく。 「あと10分!」  彼女ももはや文句を言わなくなり、僕の後ろで時間を知らせてくれた。ボロボロになった盾…疲労を訴える身体。あと5分我慢すれば良いんだ… 「ブフッ…」 「イサミ!」  僕の身体は再び竜の尾に殴られ吹き飛ばされる。壁にぶつかり倒れる僕の身体の前で、竜は静かに口を開いて僕を咥えて持ち上げた。なんとか腕力だけで顎の力に対抗していたが、保ちそうにも無い。 「あと何分?」 「あと…5分…」  その答えを聞いた瞬間僕の身体に力が宿った。いや…力が宿ったではなく力を宿らせたと言ったほうが正しい。  コレからが僕の本当の戦いだと言うようにその口をパカッと開かせる。  竜は飲み込まれないで必死に対抗する僕に至近距離でのブレスを吐こうとするが遅かった。  ブレスが噴かれるその瞬間を狙って口から脱出しながら僕は宙で一回転し、竜の鼻頭に踵落としを決めてその場から一旦離れる。すると竜はまるで舌を噛んでしまった子供のように、痛みでうめき声を上げて明らかに隙きを見せた。  竜のその足を狙って剣を抜いた。最後の抵抗とも言わんばかりの尻尾が飛んでくるが、それを最大限身を曲げ仰向きにかがみ滑るように避けると、再び立ち上がってその足の健を斬っていった。 「あ…あと3分!」  ミキさんの声は僕の耳にしっかり届いた。その声に元気を貰った僕は、健を斬られて倒れ込む竜の厄介な尾を一刀で切り落とす。  痛みにより暴れる竜の叫びは僕の鼓膜を攻撃して頭に響かせた。 「あと…1分」  そんな中でもミキさんの声は僕の耳に届く。はっきりとした彼女の声は多分聞き取りやすいのだろう。どの声よりも耳に届きやすいのかも知れない。  竜の背に飛び乗った僕は、地震のように揺れる黒い大地を駆け身体の中で秒数を数えていた。  残り25秒―  竜の頭上まで来るとその大きな眉間に剣を思いっきり突き立てた。その瞬間激しい揺れが収まり、その目からは生気と輝きが失っていった。  勝てた…と喜びに浸る時間も無さそうで、僕は剣を抜いてミキさんの元へと歩み寄った。 「なんで…」 「はい?」 「なんで最初から本気出さなかったのよ!バカ!!」  彼女は心配してくれたのだろうか、顔を真っ赤にしながら額には少し汗が見られた。 「あ〜…それよりも…3時間ロングタイムシークレットコースで180万ゴールドになります…それにオプション代金合わせて…全部で270万ゴールドです」 「うるさい!お金はもう払ってあるから良いの!それよりも…イサミが…死んじゃうかと…心配だったんだから!!」 「すみません…では…一緒に外出ましょうか…」 「…っ!」  彼女は足を動かすと顔を顰めるのでその足首をじっと見ると、少し腫れているのが見える。多分いつの間にか足を挫いてしまったのだろう。僕は彼女を抱きかかえるようにして持ち上げると、当然彼女から驚きの声と怒号が飛んでくる。 「降ろして!ねぇ!この変態!!」  ジタバタと暴れるが彼女の抵抗は虚しく、そのまま洞窟の外へと出た。 「あのさ!足怪我してたけど私回復役(ヒーラー)だよ?普通に回復しましたっての…あんな…抱えちゃって…どう責任取ってくれんの?ねぇ?」 「責任!?あ…すみません僕そろそろ帰らないと…延長料金発生しますので…では」 「あ!!ちょっと!!!」  何かを彼女は言っていたがそれを聞こうとはせずに僕は帰社した。 「イサミ!!!!!!なんだコレは!!!!!」  僕の目の前に投げ出される数々の装備達。それは僕が黒い竜と戦った証であり、会社の最高級品を壊してしまった僕のミスの証だった。 「えっと…黒い…竜と戦って…ブレスを撃たれ続けた結果です」 「結果ですだと?黒い竜って…お前まさか黒竜と戦ったとか寝惚けたこと言ってるのか?」  どうやらあの竜は相当有名なものらしい。僕が知らなかっただけなのか、部長は僕に何度も問いかける。 「はぁ…まぁ…それで打ち損じて帰ってきたって訳か」 「いえ…しっかり倒してきました」 「はぁ?こんな模造品で勝てる訳が無いだろ?またお前は嘘を付きやがって」  模造品?それはどういう意味なのかと問かけようとすると、その答えは直ぐに飛んできた。 「お前には模造品で充分だと思って、俺が模造品を用意したんだ。まさか黒竜相手だとは…悪かったと思ってる。だから余計な嘘はつかなくていい」 「いえ!本当に…」 「分かってる!お前が頑張ったのは分かってるからもう嘘は付くな!」 「その人の言うことは嘘ではありません」 「あ…」 「貴方は?」  僕と部長の会話に突然入り込んで来たのは、先ほどまで一緒に行動をしていたミキさんだった。 「私はミキといいます。その依頼人です。そしてこの会社を立ち上げた現社長の孫に当たります」 「え」 「えええええええええええ!?」 「…ミキちゃん、此処に居た!」 「ヒメノ!お前…彼女と知り合いなのか!?」  ヒメノちゃんが更にそこへ入ってきて、事態はさらなる混乱を招いた。彼女の口ぶりからすると、ミキさんとヒメノちゃんはかなり親しい仲だと部長も察したのだろう 「あ…私の妹です」 「えええええええええええ」 「つ…つまり…ヒメノ…さんも社長のお孫さん?」 「部長。今までどおりヒメノでいいですよ!」  どうやらミキさんが言っていたお姉ちゃんとは彼女のことらしく、僕と部長は驚嘆の声を上げる。 「イサミさんはミキちゃんと一緒に黒竜倒したんですよね…本当にすごいですよ」 「え…うん…そんなにすごい相手だったの?」 「やっぱりイサミ…黒竜も知らなかったの?」  僕は情報通というわけでもないので、魔物の名前なんて自分が戦ったモノ以外は知らなかった。 「結構有名なのに…”死の象徴”,”冥界への闇”…って色々な呼び名があるわ。その証拠にこの会社からも討伐に向かった勇者は居ても、それを成功させた勇者はいない。いや居なかった。でも貴方が倒したの。もっと嬉しそうにしなさいよ」  ミキさんは僕に言うとニヤッと笑い更に言葉を続けた。 「しかも…模造品で勝ってしまった…それも5分で。これから頼む時は20分コースとかにするわ」  どうやらこれからも僕に頼むようで握手を求めてくる。  その手を掴むと彼女は頬を赤らめながら、何かを言いたそうにもじもじとし始める。やがてその口が開かれると 「しゅ…祝福として…私と夕飯!行くわよ!」 「あ…分かり―」 「ミキちゃん私も混ぜて!!!」  ヒメノちゃんがミキさんに抱き着いてお願いをするが、二人は仲が良いのか悪いのか、何か言い争っている。結局3人で夕飯を食べた。 数週間後―  僕の名前はイサミ。  世界には勇者が溢れかえっている。僕はその中の一人で、変わらずレンタル勇者として頑張っている。 「イサミさん指名入りました!ショートスペシャルコース30分…オプションなしです!」  残り5分…それが僕の戦う時間だ。
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