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勇者はレンタルされるモノへと変化してしまった。
勇者業…世界に蔓延る悪を退治するために集められた勇者達。命の危険も伴うため、その命の危険性から報酬は多い。だがそのルールは依頼者が勇者をレンタルし、短時間で高額な報酬を渡すというものだ。
その高額な報酬に見合った働きは行うが、時間になると直ぐに帰ってしまう。そのため未だ悪の根源を根絶やしに出来ていない。
「ユーシャインさん指名入りました。ドキドキハードプレイ120分コースで…オプションは…オリハルコンの剣…あと…魔物生け捕り…生写真…あとは…タキシードコスプレで依頼が入ってます」
「コスプレはNGだっていつも言ってるじゃん…生写真もNG…お客さんの名前は?」
「アイツー大王です」
「あの王様マジでなんかストーカーっぽくてやなんだよね」
彼の名はユーシャイン=カルストック。彼も勇者の一人で、今一番人気の勇者だった。
当の僕はと言えば…一番不人気の勇者だ。
「あ…イサミさんフリーで入ってます…えっと…イサミさん…は…ゴブリン討伐フリー40分…オプション無し」
僕の名前が呼ばれ顔を上げると、勇者業の会社【勇社】でアシスタントを務めるヒメノちゃんが、僕に笑顔を向けていた。
「お客さんの名前は?」
「ヤッサー老夫婦です。畑の周りにゴブリンが湧いて出てきているらしいですよ」
その言葉に僕は基本的な装備を揃え、その場を出てお客様の元へと向かう。そう…僕みたいなヤツはオプション無しのゴブリン退治が関の山だ。
僕が理想に掲げている勇者像は別のものだ。利益とかに縛られず伝説の武器とかを見つけ、悪を根絶するもの…と思っていたのだが現状はこうだ。だったら一人でも悪を根絶すべきだって僕も思った。だが思ったよりもこの世界のルールはキツいもので、伝説の武器をたまたま全部集めてしまった商人が、金儲けの為に始めたのがこの事業だった。
そのためいくら戦闘が強かろうと、武器が集まらないのは問題であった。伝説の武器を全部牛耳っている社長は、金儲けのことしか考えないのでそんな理想論はこの世界では通用しない。
「あらぁ…あっという間に倒しちゃうのね…」
畑に群がっているゴブリン達を倒すとお婆さんとお爺さんが僕に寄ってくる。まだ始まってから3分も経過していない…そんな僕がなんで一番不人気なのかと言うと…
「あ…ありがとうございます! えっと…40分フリーだと…19000ゴールドですね」
「でもまだ3分しか経ってないから計算が違うわよ」
「でしたら…なにかお手伝いでも―」
「アンタは詐欺師かね?なんでアンタが残り時間手伝うだけで19000ゴールドも払わなきゃいけないんだ…そんなやつに払う金も無いわ!さっさとどっか行け!」
「あなたそんなのあんまりでしょ?はい。475ゴールド!これで貴方も手を打って頂戴」
僕はいつも全力で答えようとするので、つい全力を出し切って、ものの三分か五分で終わらしてしまう。時間で決められていると思っているお客様は多く、依頼内容を無視し高い依頼料を払わないお客様が多い。それに僕のような空気の読めない者だと悪評が流される。そのためここは大人しく引き下がるが、大人しく引き下がったところで悪評が流されるのは必然だった。
僕はお婆さんに貰った袋の中身を確認すると中にはぴったし475ゴールド入っていた。
それを確認した僕は急いで帰社する。
「あれ?イサミさん…おかえりなさいです…忘れ物…ではなさそうですね。またですか?」
”また”という言葉にはどんな思いが込められているのだろう、と僕は考える。皆のように上手く120分とか戦い続けるのは難しい。
「今月入ってもう五度目ですよ? なんでそんなに早く終わっちゃうんですか…って今日もゴブリンがそんなに居なかったんですか?」
そうだ。と僕は心の中でその言葉に同意し、頷いた。僕程度のやつがこんなにすぐ終わってしまうんだ。多分600匹くらいは他の人は相手しているのだろう。
「今日は何匹だったんですか?」
「57匹」
いつも聞いてくるそれに応えると彼女は
冗談を聞いたかのように笑い始める。多分そんな少ない数字は初めてだという意味だろう。
「まぁ…でもお疲れ様です」
彼女はいつも優しい言葉を僕に浴びせるが、それが僕にとっては苦痛だった。でも、もっと苦痛なのは部長のお叱りだった。
僕のことを嘘つき呼ばわり、挙げ句の果に僕が何もしていないと言う。報酬もなし…給料も減らされる。正直この仕事は僕に向いてない。
「もう…やめようかな…」
「ヤメないほうが良いですよ?」
彼女はいつも優しい、誰にだって優しい。だから言葉を捧げてくれるんだ。そう思うと期待していたわけではないのだが、僕の心を深く抉りぽっかりと空いた心に風が入り込んでズキズキと痛む。
「でも―」
「でもじゃなくて指名入ってます…えっと…え!!!?3時間ロングタイムシークレットコース…オプションは神竜の剣…神の盾…竜鱗の鎧…雷神の靴ですよ!!!!全部最高品質のものです!」
「…そんな…それこそ冗談でしょ…依頼者の名前は?」
「えっと…あれ?」
ヒメノちゃんは届いた伝書鳩の手紙に何度も目を通しては首を傾げた。
「どうしたの?」
その様子が不思議で問いかけてみる。
「名前が書いてないです…」
差出人不明の依頼というのは怖いものだ。でもその手紙にはしっかりと住所が記載されており行くほか無かった。
「えっと…ではイサミさん何かあったら戻ってきてください…あと…アドバイスなんですけど…今度はギリギリまで耐えて残り五分とかに倒すとかどうですか?」
彼女は本当に僕を気にかけてくれてるらしく良いアドバイスを最後に残してくれた。
「では…行ってきます…」
言われたオプション品を身に着けて僕は言われた場所へと向かった。
そこは全体が光を忘れてしまったのかと疑いたくなるような場所だった。
地面も黒く、空は薄暗い。そして僕の眼の前には更に黒い…吸い込まれそうな闇が手招きをしているかのように広がっている。
「来たのね…私は…ミキ」
突然自己紹介が聞こえ、そちらを向くと金髪の女性が僕を睨み立っていた。
「えっと…イサミです…ここって?」
「ここは…一番奥である奴が潜んでいる洞窟…私は回復役として後ろから援護するから…早く行きましょ」
なんともざっくりとした説明なのだろうと思いながら僕は闇へと身を入れていった。
「3時間しかないんだから…早く行こうよ!」
基本装備の中のたいまつを持ってきていたのでそれに火をつけて慎重に僕は進んだ…
ヒメノちゃんのアドバイスを聞くことにした僕は、残り五分になるまで歩みを遅める事にした。
突然出てくる魔物を退治すべきか迷っていると毎回「そいつは雑魚だから。さっさと倒しちゃって!」と後ろから聞こえるのでそれに合わせてどんどん斬っていった。
「あの…なんで僕なんかを指名したんですか?」
「アンタが一番強いからよ!あの中だと!お姉ちゃんは気づいてないみたいだけどね!」
「お姉さん…が僕のことを知ってるんですか?」
「あ…お姉ちゃんが…そう…貴方のことよく知ってるの」
彼女はしまったと顔で言い表しながらも僕の言葉に同意する。その表情を不思議に思いつつも僕はどんどん歩き始めて、遅れてしまったが彼女の発言に異議を唱えた。
「いや…僕は一番強くないですよ…一番ダメなんです…」
「はぁ?貴方自分のじ…ちょっと待って…あそこに…居る…わ…」
彼女が指差す先には何も見えない。未だ暗闇に慣れていない僕の目がおかしいのだろうか、それとも彼女の目が優れているのだろうか。多分どちらも当てはまる。
「あそこに居るのが…今回の目標。えっと…後…30分⁉ちょっと…あと30分ってアンタ…アンタがもたついてるから!…まぁいいや…早くやってきちゃって…私は後ろから出来るだけ援護するから」
彼女は僕の背中を叩き早く行けと促す。それに合わせて僕は前に進んでいくと闇にぶつかった。
「ちょ!!!!早く逃げて!」
「え?」
僕はただ単に壁にぶつかったものだと思っていたが…彼女の叫びと僕の衝突で目を覚ました壁は唸りながら動き始める。後ずさりをしその場を離れて全貌を見た。
黒い闇…ではなく、黒い鱗に覆われた巨大な壁…ではなく巨大な竜が僕のことを睨みながら吼えた。
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