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「はい。今は大丈夫です」
スマホを片手に話す顔に緊張が走る。
伯母さんからだ。
直感で分かった。
背筋がビクリと震えてワーッと胸に血がせり上がってくる。
事故から二ヶ月余り。ずっと意識の戻らなかった桃花ちゃんは……。
「意識が戻ったんですか!」
お母さんの顔がパッと明るくなった。
一瞬、目に映る部屋全体が全てそのままなのにあたかも色鮮やかな目映い輝きを放ったように両目に焼き付いた。
「おめでとうございます」
スマホに語りかけるお母さんはこの二ヶ月、一度も見せることの無かった晴れやかな、安堵の笑顔だ。
「何か必要な物があれば送りますのでまた連絡下さい」
むしろ、自分が必要物資を頼む側であるかのように頭を下げると、祝福の口調で続けた。
「それではお大事に」
「桃花ちゃん、治ったんだね!」
お母さんの完全に電話を切るのが待ち切れない気持ちで話し掛ける。
「まだ、色々リハビリが必要みたいだけど」
とにかく彼女の魂は去らずにこの世界に戻ったのだ。
「お昼にしましょう」
お母さんの言葉に頷いてから、背後にスースーと微かに冷たい風が吹き付けるのに気付く。
おっと、ガラス戸をまだ閉めていなかった。
ガタンとガラス戸を閉じて鍵を締める。
ガラス越しに花から青葉や果実に装いを変えた、または変えつつある二本の木が初夏の陽射しを緑色に照り返す。
全てはこれからだ。
これから良くするのだ。
二本の桜の木の上にはこの二月でより高くなった青空が広がっている。(了)
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