僕の部屋に降る雪は、

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「……承知しました。では、最終確認をして、音響の作業は終了させていただきます」  東京の真ん中で、日本の芸術を牽引する大規模なホールで、僕の耳を生かした最高の仕事がしたい。そういう野望を胸に抱き締めて、北海道から飛び出したのは大学を卒業してすぐのことだった。  上京して二年。ちいさな会社で音響の担当をしている僕は、現状で満足しそうになる僕自身と、日々戦っている。  照明担当の作業を見守って、昨日組んだばかりの足場を撤去する。全ての作業が終わる頃には、夜が東京を覆い尽くしていた。見上げた空は薄い雲が流れていて、星はひとつも見えない。  息を吐き出すと、目の前が白く濁った。夢を追いかけるというのは、どうしてこうも魅惑的でいて、虚しいのだろう。東京という街は、すぐに僕を凡人にしようとする。  コートのポケットから、携帯電話を探り当てた。画面の上で、指先が行き先を求めて彷徨う。  君の声が聞きたい。ここのところ毎日のように衝動に駆られ、携帯電話を握りしめてはため息を落とす、という無意味なことを繰り返している。  画面からこぼれ出ている光が、闇のなかに沈んでいく。それを眺めてから、携帯電話をポケットの奥に押し込んだ。
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