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しばらくの間、ぼんやりと夜の真ん中を歩いた。ふと、手のひらに振動が伝わってくる。ディスプレイに表示された名前を見ると、途端に切なさが沸き上がった。僕は迷わず、君へと続く細い糸を手繰り寄せた。
「あっ……繋がったあ」
僕の耳に、君の声がひろがっていく。昔と変わらない、低くもなく高くもなくて、独特のかおりを含んだ淡い声。
「なにそれ」
思わず笑うと、君はふてくされた音色を口にした。
「だって秀介、全然電話出てくれない」
「そう?」
「そうだよ。そのうち電話したら、どちら様ですかとか言われそう」
「……ごめん」
本当は君のことを避けている。でも悟られないように、「プロは忙しいんだよ」とおどけてみせた。
「うん、忙しいよね。……仕事、順調なんだ」
東京の端くれにある、ワンルームマンションの前に着く。気を抜くとすぐに襲いかかってくる夜から逃げるようにして、部屋に入った。
玄関のドアを背にして、スニーカーも脱がずに、携帯電話から聞こえてくる君の声に耳を浸らせる。
「うん、まあまあかな」
息を吐くように「そう」と言った君は、いまどんな顔をしているのだろう。
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