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僕の部屋に降る雪は、
「もう少し、傾きを浅くして」
同僚に向かって、下から声をあげた。彼は狭い足場の上で膝を付き、天井からぶら下がっている音響に手を伸ばしている。細心の注意を払いながら行うこの作業は、真冬でも汗がしたたるほどにハードだ。
スピーカーの向きの確認が済んだところで、もう一度テストを始める。ホールの端に座っている観客に正確な音を届けるためには、天井にある音響装置の角度のわずかなズレを、何度も調整しなくてはならない。
この古いホールは学校の体育館とおなじくらいの規模で、いわゆる『本番』に利用されるような場所ではない。ホール責任者が言うには、普段は舞台やちいさなオケ、バレエなんかの団体にて予約が埋まるらしい。どの団体もこのホールを、練習のために利用する。
微調整を重ねなくても、ある程度聴ける音にはなる。どのレベルの響きを求めるかは、結局はホール責任者の意識次第だ。
「いいですよ、こんなもんで。練習用に使うだけのホールですから」
そう言われてしまえば、それ以上の仕事はできない。のびのびとした自由な音を届けるためには、もっと時間をかけなければならないのだけど。
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