40人が本棚に入れています
本棚に追加
/110ページ
15話 月乃亭
交易都市クーヨン
内周城壁の中央広場の一角に貴族専用の宿屋、月乃亭がある。
興味本位で入った私は、そこの店員に貴族の遣いと勘違いされるも、誤解を解くついでに、この国の宿屋のシステムを教えてもらったのであった。
整理すると、通常、内周城壁の都市内部に日本のような一般人が泊まれる宿屋は、存在しない。
これは、見知らぬ者が住みつかないようにする治安維持の側面が強い点と、宿屋内の調度品の窃盗や破損の保証金の問題があるようだ。
なので、都市内部にある宿屋は、身分確かな貴族または大商人やそれに準ずる者専用になっている。
では、旅人や商人はどこに泊まるかと言うと、交易都市クーヨンのように内周城壁と外周城壁の幅が広い都市は、そこに隊商宿と呼ばれる酒場や倉庫が一体となった、まさにファンタジー世界の宿屋があるらしい。
城壁が一つしかない都市は、城壁から少し離れた場所にあるみたいだ。
いつか世界を冒険する時に、役に立つなと満足げな笑顔で、私は月乃亭を後にした。
いや、後にしようと思ったのだが、
「あなた、私のものになりなさい」
歳は、私と同じくらいの13か14だろうか?
流れるような金髪のストレートは腰まで伸び、
いかにも貴族様という格好の少女が、意味不明な言葉をかけてきた。
「…どちら様でしょうか?」
頭のおかしい子か、貴族とは頭がおかしいものなのかと考えながら、失礼のないように返答する。
「ノース侯爵家の長女、マリオン・フロレンスよ」
どう?驚いた?とばかりに、名乗りを上げる。
貴族位の違いなんて習ってないぞ、と困惑していると、
「あなたの名前は?どこの貴族の奴隷なのかしら?」
私の右手を見ながら、問いかける。
「アリスと申します。貴族様の奴隷ではなく、錬金術師様の奴隷でございますので…」
「錬金術師?良いわ、お父様にお願いして、あなたを買うように交渉しましょう」
返答に困っていると、彼女は勝手に話を進めてきた。
「あの私を買いたいとは、なぜでしょうか?」
何が目的で、初対面の相手を買いたいと言うのだろうかと問いかけてみると、
「私、可愛いものが好きなの」
満面の笑みを浮かべて、当たり前のように答える彼女に…
私は失礼しますと頭を下げ、一目散に逃げ出した。
俺は、犬や猫のようなペットじゃねーぞ!
最初のコメントを投稿しよう!