2話 身分は奴隷です

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2話 身分は奴隷です

「ああ、いつもの天井だ…」 まだ夜明け前だが、起床の合図の前に目覚める習慣が身体に染み付いていた。 あの不思議な空間の夢は、夢ではなかった… いや、もしかしたら今もまだ夢の続きなのかもしれない。 ただ、そんな期待をしてしまう程、リアルは残酷だ… あの日、景色が一瞬にして変わり、12歳という低い目線に戸惑いながらも見知らぬ草原から、これからの冒険にワクワクした。 街道を見つけ、歩いていけば城壁に囲まれた街が見えた。 門には兵士が立っていたが、特に問いただされる事もなく街には入れた。 だがここで、文字が読めない、言葉が通じない事がわかる。 これは本当に夢なのだろうか? 目から…耳から…肌から…現実を感じた。 そして、空腹で彷徨い…今思うとスラム街だろう、 迷い込んだ先で人さらいにあい あれから半年、今こうして天井を眺めている。 幸いな事に知力に20振ったおかげか、この身体の脳はとても優れている。 生活に必要な文字と言葉は、短期間で扱えるようになった。 そして、今の状況を整理する… ここは大部屋で、周りを見渡せば同じような年齢の奴隷達が雑魚寝している。 俺の今の身分は、奴隷だった。 右手を掲げる。 手の甲には、奴隷の証の紋様が魔法で刻まれている。 同じように首元にも。 青色に輝く奴隷紋。 どのような制約がつけられているか不明だが、試すには情報が足りない。 賭けるのは、命なのかもしれないから。 そして… カン!!カン!!カン!! 金属を叩きつける音が部屋に鳴り響く。 起床の合図だ。 奴隷の朝は早い、日の出と共に起き、井戸から水を汲み顔を洗う。 次に各階の掃除だ。 その後、朝食を手早く済ませ、各自の訓練に就く。 俺の場合は、まず言葉を覚えさせられた。 何かを指さされては、ひたすら発音を聞き取り、それが何かを覚えていくのだ。 知力20の頭でなかったら、習得は不可能だったと思う。 そして、今は剣に見立てた棒を振る筋トレをさせられている。 故郷の誰かがこの環境を聞けば、奴隷?と首をかしげるかもしれない。 答えは簡単だ… ここは、出荷前の奴隷の教育工場である。 商品価値を落とすような暴力はないが、従順になる為の加減された暴力はある。 俺のように言葉が理解できない者はいないが、言葉が拙いものは俺と同じように授業を受けた。 そして、覚えの悪いものは出荷された。 おそらく、言葉が必要ない場所だろう。 だから、俺はここにいるものと話さない。 商品だと思わなければ、無駄に知力の高い頭が余計な事を考えてしまうからだ。 そう思っていたのに… 「今日の夕ご飯はなにかなー? クロくんは今日、料理当番?」 スカイブルーの髪を揺らしながら、俺の横で剣に見立てた棒を振り、話しかけてくる女の子。 「ボク強くなりたいから、クロくんが当番ならすこーし量増やして欲しいんだよねー」 歳は13と言ってた気がする。 名前は覚えていない。 いや、覚えないようにしている。 「あ、バレないようにね!」 「…見てバレるに決まってるだろ」 先ほどから、ずっと話しかけてくるのを無視して、過去を振り返っていたのに、あまりにしつこいから返してしまった。 「クロくんみたいに隅で食べればバレないよー」 「…⁉︎」 まさか俺が独りなのを利用して増やしてるのを、知っているのか⁉︎ 「ん?クロくんってほんと女の子みたいだよね?」 驚いて振り返った俺の顔を見て、彼女は言う。 そのキョトンとした表情からは知ってるのか、独りを利用すればバレないと言ってるのか読み取れない。 「あとクロくんって気軽に呼ぶな…俺には…」 「名前思い出したの?」 「…いや」 俺にはこの世界で名前がなかった。 ただ黒髪黒目だから、彼女は俺をクロと呼んでいる。 「無駄話してると、見張りにぶっとばされるぞ」 奴隷商人から雇われている教官が、こちらをジロりと見ているのだ。 「続きは部屋でだね!」 教官の視線に彼女も気づき、また黙々と素振りに戻った。 (ああ、夢の前の俺もこういう性格の相手に弱いんだった…) 必要ならコミュニケーションは人並みに取れるが、 距離を詰めるのが苦手だった。 だから、掛け値無しで距離を詰めてくる相手が苦手であり好きだったな…と思い出した。 そんな彼女の横顔を見る。 商品としてではなく、人として見てしまった気がした。
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