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独唱の始まり
悲しくて目が開けられない。
前を向けない私に、桜の花びらと優しい手がたくさんふってくる。
「泣かないで」
「きっと、素敵な仲間が見つかるわ」
「可愛い後輩が入ってくれるかもしれないし」
ソプラノ。メゾソプラノ。アルト。メゾアルト。
柔らかくて、美しい声たちは私を必死に慰める。
「私、先輩たちがいないと何もできません」
私は同じソプラノパートで、一番仲のよかった日向先輩にぎゅっと抱きついた。
先輩の髪が揺れて、花の香りが私をつつむ。
「ここちゃん大丈夫。歌はいつだって世界を一つにするって、私の彼氏も言ってたよ」
「なんですか、その少年漫画系の主人公みたいなセリフは?!
あと、先輩を奪った彼氏さんの言うことなんて信用できません!」
泣きわめく私に、彼女は心底困った顔をする。
「ここはさみしがりやだからなー。でも、何かあったらいつでも私たちを呼ぶんだぞ」
メゾソプラノで眼鏡をかけた、ちょっとボーイッシュな睦先輩が私の髪をちょいと、耳にかける。
「ここちゃん、いつか舞台にたって私たちを呼んでね」
アルトで私よりうんと背の低い、あこ先輩が私を背中から抱きしめる。
「ほんで、彼氏でも紹介すんのよー」
メゾアルトの薫先輩が色気をたっぷり含んで私のほほを優しくなで、額にキスをする。
さみしさは一向に収まらないが、私は先輩たちの優しさにほだされ、無理やりに頷いた。
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