4人が本棚に入れています
本棚に追加
数か月後、スタジオでの本番収録に出向いた。
司会者がハキハキ進行するのにおとなしく従っていたが、心臓はバクバクしている。
簡単な私の経歴の紹介のあと、30年前の夏がクローズアップされる。
雨の終わりに私たちは出会い、同じDVDを見ながら暑く、長い夏を過ごした。
その彼に、会えるのだろうか。
VTRはいよいよ、探し出した誰かに近づいていく。
「ついに番組は、先生の会いたい人にたどり着きました!」
思わず、座面から乗り出してVTRに注目する。
まず、肩から下の全身像が映し出される。
地味なスーツ姿だ。これだけじゃ、いっぱしのオトナのふりをしていることくらいしか分からない。
画面が切り替わり、モザイクでぼかされた顔が映る。彼なのだろうか。
食い入るように見つめる視線の先で、モザイクが取れた。
これが……?
説明を求めて司会者を見ると、反応を予想していたようだった。
「驚かれましたか? 映画監督にして医師の吉田涼介さんが、先生のお会いしたかった『あの人』です!」
「え、でも、彼が、まさか……え、本当に?」
驚く私をよそに、スタジオに吉田監督が現れた。拍手の中で、感動のご対面だ。
でも、まだ信じられない。
吉田監督は、医師として働きながら、日本の特撮映画復興の礎を築いたといわれる人物だ。作品も顔も知っていたが、まさか彼とは思わなかった。
「お会いしたかったです、田崎先生。僕も分からなかった」
呆然としながら、握手を交わす。彼はもう、コーラのにおいもアイスのにおいもしなかったし、汗臭くもなかった。
あの頃、製作途中の映画の企画が中止になり、自暴自棄になっていた私が、吉田監督に出会ったと司会者が話を続けている。
映画監督や脚本家として名が知られていた私だが、あの年はすべての仕事がなくなり、日がな一日映画を観ていた。
少年との交流から徐々にやる気を取り戻した私は、SF小説家としても成功し、また未来学という学問研究にも取り組んでいる。
最近は体調を崩して入退院が続いているが、まだまだ執筆意欲は旺盛だ。
「田崎先生のおかげで、僕は医者になり、映画が大好きなままオトナになりました」
その言い方にちょっとしたニュアンスを感じて、私はニヤッと笑った。
「坊主、大きくなったな」
「おっさん、ありがとう」
吉田が笑うと、記憶の中の幼い笑顔と重なった。
30年ぶりの夏が香った。
- 終 -
最初のコメントを投稿しよう!