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「藤崎さんって、処女じゃないよね」って、これが3年間、ずっと片想いしてきた上司と初めてふたりきりでカフェのカウンター席に座って30分ほどいい感じで話したあとで訊かれることって、どうなのよ。
え、と横を見上げると、もとから色白なのがさらに青ざめているみたいで、ちょっと心配になった。店内の冷房が強すぎるということはないだろう。
いろいろあったからなあ、とこの2年間を振り返りそうになる自分を、いや待て、と押しとどめ、思いつめたみたいな、それでもやっぱり大好きな横顔に「支倉課長……」と声をかけた。
「え……、あ、ああ……、あ、藤崎さん……、ご、ごめん。ああっ、ごめん。あの、あの、今僕、すっごい変なこと訊いたよね。ああーっ、ごめん……」と、頭を抱える。
「いえ、いいんです。わたしも今年30ですし、その……、そういう経験ないほうが危ないっていうか、こじらせてるっていうか、ま、そんな感じです、から」
「あ、ああ……。そう? でも、ごめん。これって、セクハラだよね。本当にごめん。忘れて、ね。うわあー、どうしよう」と、また頭を抱える姿もさらに萌えさせてくれる。
「いえ。あの……、課長、わたしでよかったら、話、聞きますよ」
「え……」
「課長、何か悩んでるんですよね。聞くだけでもよかったら、わたし、聞きます。ほら、悩みって、口にしたら軽くなるってこと、ありますよね。解決できないまでも。わたし、自慢じゃないけど、って、まあ、自慢ですけど、口は堅いほうですから」
「ああ、それは知ってる。君はほかの女性社員と群れてキャピキャピみたいなの、あんまりしないもんね」
ええ、と笑顔で応えながら、ああこれだ、と嬉しくなる。支倉課長に『君』と呼ばれるたびに、プライベートで名前を呼んでもらっているような気分になる。貴美香の『キミ』。たぶん課長はわたしの名前が貴美香だなんて覚えてないだろうけど。
「そうか。じゃあ……、うん、じゃあちょっとだけ、相談に乗ってもらおうかな。秘密の相談」
「奥さん、のことですよね」
「うん……、まあ、そうなんだ、けどね。だから女性目線の意見、みたいなのが欲しいかな、と……」と、課長は目を伏せた。
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