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やっぱり、庶務課の主任が声をひそめはじめた。
「支倉さん、林部長の『引き』があったって、本当なんすかね」
「さーあ、どうなんだろうね。まあ、支倉が課長になった時は、林さんはもう関西支社長になってたからなあ。それでも多少、人事に影響を与えるくらいの力はあっただろうけど」
「ずるいなあ、またどっちとも取れる言い方しちゃって」
「だって、本当に知らないんだから、そんな雲の上の人たちの決めること。まあさ、ちーっちゃいお空の雲ではありますけど」
話題はそのまま違う方向へ流れていった。
よかった。おじさんたちが知っていることはここまでなんだ。
「じゃあ、藤崎ちゃん、天然課長の下で、これからもがんばってよ。愚痴りたくなったらいつでもつきあうからさ」
そう言って、庶務の主任がわたしの肩を叩いて、その日は解散した。
天然課長の下にはわたしを含めて4人の課員しかいない。商品企画といっても、ほとんどの業務が外注だからだ。斬新なアイディアが必要な部署にクリエイターを何人も抱えるほどの余裕はうちの会社にはないし、そういう仕事に特化した小さなスタジオは星の数ほどある。
その外注先と太いパイプを持っているのが最年長の柳本さん。もう還暦を少し過ぎた歳で、嘱託社員ということになっているらしい。実は柳本さんは50代で一度退職している。家庭の事情という話だけれど、詳しくは知らないし、正面から訊くわけにもいかない。それが3年ほどのブランクのあと、支倉さんが課長になったタイミングで戻ってきた。外注先との関係を密にしたいという課長の強い要望があったからと聞いている。とても温厚で、課のお父さん的存在。
いちばんの若手は松岡さん。メガネの童顔で、とても27歳には見えない男の子。裏のない素直な性格で、課ではいじられキャラ。
もうひとり、30代半ば、つまり支倉課長と同年代の男性社員がいたが、わたしが企画課に来て1年後に小野さんと交代することになった。
そして、この小野さんがやってきたことで、わたしたちは大きな渦に巻き込まれることになってしまったのだ。とはいっても、小野さん自身には1ミリの責任もない。
全責任は鈴谷という、妖怪か地球征服を狙っている宇宙人としか思えない営業部長にあった。
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