渡辺くんの杞憂

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渡辺くんの杞憂

 日曜の昼過ぎ。人の行き交う駅前、待ち合わせの名所である地元の誇る偉人像の足元に立って、既に二十分が経つ。  なぜこんな事になったのだろうか。いや、原因は分かっている。文化祭の買い出し係を決める大事なHRの時間に、爆睡していた自分が悪い。  目の前を通り過ぎて行く、主に女の子たちをぼんやりと眺めながら途方に暮れる。ヤバい。全く見分けがつかない。  他人の顔の区別がつかない脳の障害があると以前テレビで見た気がする。自分は、それなんじゃないだろうか。女の子に対してだけ。  買い出し係は二人。俺と、もう一人は女子の佐藤さん。クラス替えから半年、部活も、委員会も、選択科目も、何一つ被らない佐藤さん。廊下側と窓側で席も遠い佐藤さん。「渡辺」の俺とは出席番号すら遠い佐藤さん。接点は皆無。当然、一度も話したことは無い。  そんな佐藤さんが、私服を着て、いつもとちょっと違う髪型なんかで、うっすら化粧とかまでして目の前に現れたとする。  絶対、気付けない。気付けないと自信を持って断言できる。  制服を着ていてやっと、「あ、うちの制服だからこれだ。そうそう、こんな顔、こんな顔」レベル。  佐藤さんが可愛くないとか、好みじゃないとかではない。女の子はみんな、俺なんかがまじまじと見てはいけないキラキラした存在だ。しかし、テレビに出てくる美人女優ですら見分けがつかないし、分かっていた筈の女優も化粧変えただけで分からなくなる。なぜ、女ってやつはみんな同じ服着て同じ顔してるんだ!  かくして、俺は一計を案じた。待ち合わせ場所に先に着いていれば、佐藤さんの方から声を掛けてもらえるじゃん。というわけで、待ち合わせの三十分前から待機していた。  今、待ち合わせ十分前。そろそろ来てもおかしくない。  ……… ……… ………?  あれ? ってゆか佐藤さん、俺の顔知ってる?  いや、待って。俺、顔とか地味だし、中肉中背だし。勉強もスポーツも画力も中の下だし、美化委員だし。ワックスがけ以外で存在感発揮する箇所無い、どっちかっつーと空気じゃん。  ヤバい。変な私服を晒さないようにとばかり考えて、適当にお洒落っぽい無難な地味服を着て来てしまった。むしろ、自分こそが見つけてもらえるよう、「ザ・渡辺!」みたいな服を選ぶべきだったのだ。  いや、いっそ、制服で良かったんじゃないか? 午前は部活だったんだー、とかなんとか適当に誤魔化して。帰宅部だけど。  よし、それだ。今から、帰って着替え……無理。あと5分。あああああああ。タイムマシンがあるなら、靴下の柄とか無駄に悩んだ昨夜の自分に説教したい。絶対どうでも良いとこだ、それ。  そうだ! 一旦この場所から離れて、十分くらい遅刻して「佐藤さーん」と名前を呼びながら登場したら……ダメだ。佐藤さん、この場に何人かいそうだ。反応した内のどの佐藤さんが正解か分からない上に、呼んだ手前、引っ込みもつかない。 「渡辺くん?」  不意に後ろから声を掛けられ、普通に分かってもらえたことに、ちょっと泣きそうなくらい安堵して振り返る。そこにいたのは……制服姿の女子。あ、そうそう、この顔この顔。 「あの、ごめんね、わたしだけ制服で」 「えーと、今日、部活だったとか?」 「え? あ、うん、そう…… ではなくて。わたし地味だし、空気だし。渡辺くんに顔覚えてもらえてたかな? 私服だと気付いてもらえないんじゃないかな? って思って」  素直に言って、卑屈そうでもなく、ちょっと困ったように眉を下げて照れ笑いする佐藤さんからは、周囲の誰とも違うキラキラ光る粒子が飛び散っていて、眩しくて目を細めてしまう。  ………………。 「どうかした? 大丈夫? えっと、取りあえず、行こうか? あ、渡辺くんの靴下可愛い」 「結婚前提でお付き合いしてください」 「なんで!?」  無意識に口をついた言葉に「何言ってんだ!?」と自分でも焦ったが、それ以上に、狼狽する佐藤さんが可愛くて、もっと色んな顔が見てみたいな、と思わずにやけた。 【佐藤さんサイドへつづく】
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