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きっかり5分遅刻して現れた仁奈ちゃんは、すっぴんだった。
スリムジーンズに、カジュアルというよりはラフなサンダル。文庫本さえ入らなそうな薄いクラッチバッグと、肩から下げた布製のトートバッグ。
古着にも見える色褪せたTシャツの肩に、スタイリングのされていない長い髪の毛がさらさらと降りかかっている。
雑誌やテレビで見るようなプロのヘアメイクがばっちり施された姿を無意識に想像していたわたしは、拍子抜けしたことを悟られぬように笑顔を作った。
「やだもう、相変わらず遅刻魔なんだからあ」
「ごめえん」
顔の前でぱちんと手を合わせ、人懐っこい笑顔を浮かべるところも昔と変わらない。仄かに香る嗅ぎ慣れないオリエンタルな香水だけが、芸能人らしさの表れだと思った。
待ち時間の苛立ちはその顔を見た瞬間に霧散し、爪先からじわじわと多幸感が押し寄せる。
有名人になった旧友が自分だけのために予定を調整し、時間を作って来てくれる。そのことだけで充分に大きな高揚──選民意識と言い換えてもいいかもしれない──が全身を包みこんだ。
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