8人が本棚に入れています
本棚に追加
選択
理玖に手を引かれるまま、夜の街を歩いている。
「どこへ向かってるんだ?」
背中に呼びかけると、理玖は立ち止まって振り返った。
「どこだと思いますか?」
「…わかんない」
「嘘ですね。わかんないふりして連れてかれて、そうすれば罪悪感を感じずにすみますか?」
「違…」
「旭さんが選んでいいですよ」
理玖の背後では街のネオンがギラギラと光っている。
「このまま俺についてくるか、まっすぐ家に帰るのか」
「なんだよ、それ…」
何も答えられず立ち尽くしていると、理玖は背を向けた。
「さようなら、旭さん」
「…ま、待って!」
去っていこうとする理玖の手を、思わず握っていた。
「理玖、俺……」
振り返った理玖の目の端に涙が浮かんでいるように見えて、たまらず抱き寄せた。
「俺も、別れてからずっと理玖のことが忘れられなかった。好きだよ、理玖」
「旭さん…」
懐かしい、理玖の体温を感じる。この瞬間が、永遠に続けばいいのに。
「…でも、ごめん。愛している人がいないっていうのは、嘘だった」
腕の中の理玖が俺を見上げた。
「…どういうことですか?奥さんのこと、愛してるとでも言うんですか?ゲイのくせに」
「違う。俺は…娘が大事なんだ。だから、理玖のところへは行けない」
「なにそれ」
理玖の瞳がさっと暗くなり、俺の胸を突き飛ばした。
「この期に及んでいい人ぶるんですね」
「そんなつもりじゃ」
「不倫がバレて兎ちゃんと離れ離れになるのが嫌なんですよね。はいはいわかりました」
「………」
「…旭さんのそういう中途半端な正義感も好きですよ」
理玖はそう言い残し、夜の街の中へと消えていった。
…これでよかったんだ。いくら流されたからって、不倫はするべきじゃない。
だけどふと考えてしまう。
もし娘ができていなかったら、俺は朝日と結婚することもなくて、久しぶりに再会した理玖と、普通によりを戻すこともできたんじゃないか…と。
…矛盾している。理玖より娘のが大事なはずなのに。
最初のコメントを投稿しよう!