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再会
最近、妻の様子がおかしい。塞ぎ込んでいたかと思えば急に元気になったり、物思いにふけっていたり、しょっちゅうスマホを確認していたり。なんだか前よりキラキラして、毎日楽しそうで。
…まるで、恋でもしてるみたいに。
「………先生!旭先生!」
「あっ、はい!」
ぼーっとしていたせいで、呼びかけられる声に気付くのが遅れてしまった。
「新婚だからって、浮かれてないでくださいよ!」
「あ…あはは。すいません。何か用事ですか?」
先輩教師の言葉に、曖昧に笑って答える。
浮かれてるように見えたんだろうか?だとしたらとんだ勘違いだ。どちらかといえば沈んでいるくらいだ。
「川崎出版の営業の方、来てますよ。数学の担当の方呼んでくださいって」
「わかりました。今行きます」
中学校の教師になって、今年で5年目に突入する。新任のころはてんやわんやだったけど、最近ようやく仕事にも慣れ、生徒とも良い関係を築けるようになってきたと思う。
川崎出版は中学生用学習テキストを出版している会社だ。この時期に来たということは、夏休みの教材の営業だろう。
「なんか、すっごいイケメンみたいですよ。今日来た人」
「へえ…担当変わったんですね」
「独身だったら、後で紹介してくださいね」
「はは…」
めんどくさいなと思いつつ、名刺入れを鷲掴みにして応接室へ向かった。
そこで待っていたのは、俺が全く予想していなかった人物だった。
「すいません、お待たせしまして………」
顔を見た瞬間、心臓がドクンと動いた。会うのは高校を卒業して以来だ。しかしその美しい顔立ちと、全てを見透かしているような冷たい瞳は当時のままで。
「……理玖?」
「お久しぶりです、旭先輩。川崎出版の三島理玖です」
理玖は爽やかな笑みを浮かべ、名刺を差し出した。
「え、えっと…北中学校の旭宏太です」
慌てて名刺を取り出して差し出すと、理玖はくすっと笑った。
「ふふふ。驚いてますね。まさかこんなところで会えるなんて」
「あ、ああ…びっくりしたよ。川崎出版に勤めてたんだ」
「ええ。この職種なら、旭先輩にもう一度会えるかなと思って」
「…え?」
理玖は俺の目を黙って見つめている。綺麗な瞳に捕まってしまったみたいに、俺も目が離せなくなる。
永遠に続くような数秒が経ち、突然理玖の緊張感がふっと緩んだ。
「冗談ですよ。本気で再会したいなら、教師目指します。これは偶然です」
「そ、そうだよな。変なこと言うなよ」
理玖は高校時代の1つ下の後輩で、部活が同じで……1年半ほど付き合っていたことがある。俺が卒業する時に、かなり一方的に別れを告げてしまって以来、連絡もとっていなかった。
地元とは離れた土地で就職したから、もう会うこともないだろうと思っていたのに。
「さて、じゃあ始めましょうか」
「え、何を?」
「仕事に決まってるじゃないですか。今日はうちの教材、売り込みに来たんですよ」
「あっ、ああ!そうだそうだ」
「…焦りすぎですよ」
理玖は伏し目がちにそう呟いた。
自分の心を全部見られているみたいで、背中を冷や汗が伝った。
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