あと5分だけ

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あと5分だけ

 午前6時55分に目が覚めた。後5分で起きなければならない。嫌だなぁ……このままずっと眠っていたい。  朝7時に起きて、用意をして、仕事に行って、残業して、疲労困憊になって、帰ってそのまま寝るの繰り返し。歯車のようにローテーションする日々。  このまま時間が止まってしまえばいいのに……そう思って時計を見つめる毎日だ。  そしてなぜか昔から『大切な事』がある日は5分前に起きてしまう。テストや面接、初出社とか……。5分前に目が覚めると、いつも布団のなかで中で時計を見つめながら「時よ止まれ~、時よ戻れ~」と念じていた。  まぁ、大切な日じゃなくてもしょっちゅうそんな事考えてるけど。しかし今日って何かあったかな?  「あれ??」  カチカチと音を鳴らす時計をじっと見ていると、長針が一瞬止まったように見えた。まさか時が止まった!?  ……ってそんな事はあるはずない。きっと電池が切れかけているのだろう。  自身の現実的な回答を少し残念に思いながら再び時計を見ていると、また長針が止まった……かと思えば針が時計回りと逆方向に少し動いた。やはり電池切れか、はたまた壊れているのか……。それでも時計は時を刻み続ける。刻々と迫る7時。  待てよ。電池が切れかかっているなら、この時計の時間は合っているのだろうか? アナログ時計よりデジタル時計の方が正確な気がする。  そう思った僕は、スタンドに立てて充電をしていたスマホを見る。そこには6時55分と表示されていた。  あれ……7時までまだ後5分ある?? あの時計は5分も進んでいたのか?? 「✕✕✕……」  微かに声が聞こえたと思うと、誰かが部屋に入ってきたようだ。両親と……知らない人だ。  何で両親がここにいるんだ? というか、何で勝手に人の部屋に入ってきてるんだ??  もしかして俺、何か失敗した!? 確かに昨日は酒を飲み過ぎて酔っていたけど、何もやらかしてないぞ……たぶん。  怖いけど、どっちにしろそろそろ起きなくてはいけない時間だ。  いつもの癖で再度スマホを見て時間を確認する。  あれ? 6時55分?? 進んでない?? 何故だ!? 充電はフルなのに……壊れているのか?  何故壊れた? それに何で画面がこんなにバキバキなんだ??  ……そういえば夕方、仕事が全然終わらなくて急いで階段を降りた時に派手に転んだ事を思い出した。その時思いっきりスマホを下敷きにしちゃったけ。まさかその時から壊れていたのか!?  ……え?? じゃあ一体今は何時だ!? 「無理を言ってすみません……。一晩息子とお別れさせて頂いてありがとうございました……突然の事だったので……本当に……信じられなく……」  待って、母さん!? 何の話をしているんだ!? お別れって……??  何かヤバい気がする……早く起きなくては。起きなくてはと思うんだけど、体が持ち上がらない。麻痺してるのか!?  昨日の事を思い出せ……思い出せ……。そこに活路がある気がする……。  確か、大量の仕事がなかなか終わらなくてイラついていたら階段から落ちた。いつも以上についてないなと思いながら、長い残業を終えて急いで帰宅……その前に近場の居酒屋で浴びるように酒を飲んだっけ。覚束ない足取りで帰った僕は、嫌な事を忘れようとそのままベッドに倒れた。時計を見ながらカチカチという音を子守唄に歯磨き出来なかった事を後悔してそのまま就寝。何等代わり映えのしない日常だった。  あれ、何か忘れてる。階段から落ちた時どこか怪我をしてた?  そうだ。急いでいた時、車に轢かれた……? だからあんなにスマホがバキバキに割れていたのか。いや、スピードも出ていなかったし、ただ当たっただけだ。  そもそも……これって昨日の出来事だっけ?? 毎日の出来事が似すぎていていつの記憶かわからなくなってくる。 「何も食べてないのに窒息するなんてバカね……親より先に逝くなんて本当にバカ息子よ……」  母さんがすすり泣いている……。しかし声音だけ聞こえてきて母さんの姿は俺には見えなかった。  けどその一言でわかった。  俺は急性アルコール中毒になり嘔吐したもので窒息死したようだ。眠りについた後、気が付かないまま死んでいたんだ。  もし眠る5分前に戻れたら……。  救急車や助けを呼べたかもしれない。  もし眠る5分前に戻れたら……。  吐いてから寝ていれば変わっていたかもしれない。  もし眠る5分前に戻れたら……。  横になっていれば吐いたもので窒息しなかったかもしれない。  もしもを考えたって過ぎた事には変わりはない。  こんな事で……こんなつまらない事で死んだのか……俺は。  そうか、大切な日って俺のお葬式……。  少しの不注意で起きた事故……時間は戻らないし死んだ事を受け入れるしかない。……ただもっと生きたかった。  カチカチと響いていた時計の音どころか両親の泣く声でさえ次第に聞こえなくなっていった。
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