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7話:7月21日(木)⑥
僕はすぐにお風呂場に入って蛇口をひねり、大きな息をつく。
リビングから父さんと母さんの話し声が聞こえてくる。
「今、正志と何を話してたんだ?」
父さんのその質問を聞いた瞬間、鼓動が早くなったのが分かった。変な汗も出てきた。
「学校の話よ」
母さんがちゃんと秘密にしてくれていて、胸の鼓動が少し収まる。
頭を洗いながらさっきの母さんの「強いて言えば……」の後に続く言葉を考えてしまう。どんどん最悪な言葉を考えてしまう。何かおかしいところがあったのだろうか。不審なところがあったのだろうか。
目を瞑りながらそんなことを考えているので、なんだか怖くなってきた。後ろから誰かに見られているような気がしてならない。心霊番組とか怖い話を見た後みたいだ。わかっている。気のせいなんだ。気のせいだってことはわかってるけど確認せずにはいられない。そんな小心者の自分が嫌になる。シャンプーの泡を全て洗い流してから片目だけ開けて、チラッと扉の方を見る。
「!?!?」
気のせいではなかった。扉は少しだけ開いていて、少しのスキマができていた。そのスキマから覗いていたのだ。無表情の父さんが。
「ただいま」
「……お、おかえり……」
今までこんなことは無かった。「ただいま」なんて言葉を言うためにわざわざお風呂の扉を開けるなんてことは無かった。言ったとしても扉を隔ててだ。
またもや鼓動が早くなる。
「さっき、母さんと何の話をしてたんだ?」
「何って……学校の、話だよ」
声が上ずってしまっているのが自分でもわかった。
「そうか」
父さんがいっこうに扉を閉めようとしない。
「正志、お前……」
沈黙がその場を支配する。シャワーの音だけが響き渡る。時間にすると3、4秒だったかもしれないけど、僕にはもっと長く感じられた。
父さんが何を言おうとしたようにも見えたけど、言う前に僕に限界が来た。
「ぼ、僕、お風呂終わったから父さん早く入っちゃいなよ」
そう言って僕はタオルを手に取り、ほとんど体を拭かずにお風呂場を出た。父さんが言おうとしてた言葉を聞けなかった、聞きたくなかった。聞いてしまったら何もかもが本当に終わってしまう気がしたのだ。
「あらあら、ずいぶんと早いのね。どうしたの、まだ体濡れてない?」
そんな母さんの横を小走りで走りぬけ、自分の部屋に入り扉を閉めた。
「正志、どうしたの? ご飯は?」
「ちょっと調子悪いからいらない」
とてもご飯が喉を通る状態ではなかった。
僕は扉の近くに置いてある小さい本棚を移動させて扉が開けられないようにして布団を被った。頭から足まですっぽりと被った。
ずっと誰かが扉の向こうにいる気がしてならなかった。
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