8話:7月22日(金)①

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8話:7月22日(金)①

暑さのせいか、疲れのせいか、恐怖のせいかふと目が覚めた。 誰かが部屋にいる気がする。すぐに扉の方に目を向けた。扉は開いていた。本棚は扉の前で倒れていた。本が散乱している。本棚が倒され、本が床に何冊も落ちたのにも関わらず全く気づかなかった。全く音がしなかった。 父さんだ。きっと父さんが入ってきたんだ。 僕は咄嗟に身を起こす。しかし、僕の体には既に父さんが馬乗りになっていた。右手に包丁を握りしめて。父さんは無言で無表情だ。そして、手に持った包丁を高く振り上げ、僕の心臓めがけて振り下ろした。 「うわああああああああああああああああああああああ!!!!!!」  僕は自分の叫び声で目を覚ました。どうやら、いやにリアルな夢を見ていたらしい。扉の方を見てみると、本棚はしっかりと扉の前に置かれたままだった。  僕は大きな溜息をついた。これが正夢にならないことを願いながら。  時計はまだ6時半を指していた。いつもより30分以上の早起きだ。僕は扉の前の棚を元の位置に戻してとりあえず部屋から出た。一刻も早くこの部屋から出たかった。  キッチンでは母さんが朝ごはんを作ってくれていた。父さんの寝室は閉まっていた。 「おはよう、今日は早いのね。具合は大丈夫なの?」 「おはよう。うん、大丈夫」  キッチンに立っている母さんを見て思い出した。昨日、父さんの様子を訊こうとしてたことを。父さんへの恐怖ですっかり忘れていた。 「母さん、昨日の質問覚えてる? 父さんの……」 「ああ、そういえば聞かれたわね。そうなのよ、あの事件の時、父さんピリピリしてたわ」 「ピリピリ?」 「そうよ。あの時は正志もまだまだ小さくてね。同じくらいの子どもが近所で殺されたってことになったらピリピリもするわよ」  なるほど。確かにそうかもしれない。もしも、僕も親の立場だったらピリピリするかもしれないけど。けど、警察に見つかるかもしれないという恐怖や焦燥からピリピリしてた可能性も十分過ぎるほどある。 「あの頃は正志も少しおかしかったわ」 「え?」 「私が怖い人がいるから注意しなさいって言い続けたら、それはもうすごい怖がりになっちゃって。正志が怖がりになったのはその時からね。」  もしかして、大きな音とかした時に異常に体がビクッってなるのはそのせいじゃないか。それにしても、子供の頃から変わってないって……。成長性0かよ……。  ん? 子供の頃から変わってない? 子供の頃か……。
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