怪魔

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怪魔

 次の日、瑠奈が学校へ行くと教室にはすでに秋の姿があった。  相変わらず寝ているが。  それを覗き込んでいると、気配に気づいたのか身体を起こし大きな欠伸をした。 「東城君、今日は早いね」 「まぁな」  目に涙を溜めながら話す彼が少し可愛く思える……じゃなくて、とりあえず遅刻しないで学校に来てくれたことが嬉しい。  顔色もなんだかよくなっている気がする。 「そうだ、昨日のチョコのお陰で元気になれたからかもな」 「それなら良かった!まだチョコあるけど、食べる?」 「眠気覚ましに一つだけ有難く頂くよ」 「はい、どうぞ」  チョコを美味しそうに食べる秋。  チョコが好きなのだろうか、今度は違う種類のチョコを買ってみよう。    ホームルームが始まるまで二人で何気ない会話をしていると、最近の話になった。 「そういえば、最近物騒だよね」 「行方不明、変死。それに商店街の荒らされた形跡か」 「犯人見つかってないし、私の家の付近で起こってるし……学校休みにならないかな」 「今度保護者向けの説明会らしいものはするようだが、それが何の効果になるのか……でも、きっと何とかなる」  彼にそう言われると、本当に何とかなるような気がして不思議と安心してしまう。 「!?」 「おっはよー瑠奈!」 「わっ!?」  急に彼が驚いた顔をしたかと思えば、唐突に後ろから友達に飛びつかれた。  毎度のことだけど飛びつく必要があるのだろうか。 「なんか声がしたけど、誰と話してたの……って、東城!?」 「邪魔みたいだな」 「えっ?邪魔じゃないけど……」  席を立ち、カバンを漁って布に包まれた物を手にしたかと思えば、それを瑠奈の机に置くなり秋は去っていった。 「ほんと無愛想!」  彼女はそう言うが、私はそうは思わない。  話せばちゃんと話してくれるし、笑ってくれる。そんな彼が無愛想には思えない。 「見た目で判断するのは良くないよ?それより、これ何だろう?」 「開けてみよっ!」  布を解くと、中から紙が出てきた。 『昨日のお礼。学食ばかりは飽きるだろ』  中身はお弁当だった。 「お弁当って、なにその女子力!?っていうか、昨日のお礼って何したの瑠奈?」 「何って、疲れてそうだったからチョコを渡しただけだけど?」 「へぇ……あ、なんか分かっちゃったかも!」  にやにやとした笑みを浮かべられるが、何のことだか分からない。  でも、やっぱり東城君は無愛想なんかじゃなくて、優しい人だ。  一方、秋は教室を出た途端に走り始めていた。 「秋!」 「あぁ、昨日の奴だ。それに、今回は妖気混じりだったな」 「登校中に気配は無かった。つまり、目的はお主では無いということじゃな」 「俺たちが気づいた瞬間、察知して逃げたか。それにしても速すぎる」  閉ざされた門をいとも簡単に飛び越え、妖気を辿りながらその持ち主を追っていると、ある場所にまるで地面が抉り取られたかのような跡が残されていた。  硬いコンクリートを抉るほどの力……不自然すぎる。 「向こうに行ったようじゃ」 「あっちは、旧工業地区か」  今では使用されていない廃墟と化した工場。  そこは変わりゆく時代に追いつけなくなり、解体されることなくその時のままにされた場所。  隠れるにはうってつけかもしれない。  案の定、そこでは侵入禁止の柵が薙ぎ倒されていた。  風化して倒れたものではないのがすぐに分かる。  倒れた柵を抜けると、何かモヤっとした空気に包まれた。 「この感じ……」 「これ以上は身体に毒じゃ。憑依霊装したほうがいいの」 「憑依霊装」  錆とカビの臭いが蔓延する中で、息が詰まるような感覚……この感じは瘴気だ。  怪魔は人間の身体にとって毒となる瘴気を放出する。  しかし妖魔が憑依すれば妖気を全身に纏うため、瘴気の毒は通さなくなるのだ。  廃墟の工場内に入ると、小さく縮こまった妖気を見つけた。 「それで隠れたつもりか?」 「コソコソと……何者じゃ?」 「……っ!?」  どこからともなく怪魔が影から現れた。  そして数か増えていき、気づけば囲まれてしまった。  怪魔は怨念の集合体で姿形は千差万別だが、意思はない。  あるのは行き場を失った怒りと怨み。 「幽橋で世界を繋ぎおったな。じゃが、この数しか出せないようならわっち等は殺せぬ」 「行くぞ!」 「ウギャァァァァア!!」  一匹の怪魔が秋に飛びかかる。  秋はその怪魔の持つ鉈を掴み、腕ごとヘシ折る形で鉈を放させ、そのまま怪魔が多い場所へ投げ飛ばした。  そしてその鉈が落ちる前に掴み、左から寄ってくる怪魔に深く突き刺した。  すると今度は隙を狙って背後から近づいてきた怪魔に、深く刺した鉈を抜きつつ、首を跳ね飛ばした。 「狐火」 「ギャァァァア!!」  最後に投げ飛ばした怪魔に手を翳すと、そこから赤紫色の火が怪魔を包んだ。  その火が怪魔たちを包み込み、あっという間に怪魔は塵となって消えた。 「こんなもんか。さて、次はお前が相手だ」 「そんな雑魚くらいで調子に乗るなよ」 「言葉を話した?」  そこにいたのは不気味な妖気を放つ、奇妙な怪魔だった。  怪魔にしてはやけに人間味があるというか、怪魔らしくない。  それにその妖気には面識があった。 「その姿、そしてその妖気……お前は何者だ?」 「黙れ、僕の邪魔をするな」 「奴の妖気じゃが、紛れもなく怪魔。来るぞ、秋!!」 「ちっ!!」  怪魔が立っていた所が崩れるほどの脚力。  工場が脆くなっているとはいえ、その恐ろしい脚力から生まれるスピードで突進をしかけてきた。  咄嗟に転がるように回避し、体制を立て直す。 「くっ……」 「避けたか。次はそうはいかない」 「秋、アレを出すのじゃ!」 「分かってる」  もう一度突進してきた瞬間に、刀を出現させ、その突進をまともに受ける。  その威力は凄まじいが、数メートルの所で怪魔の動きを止めた。 「なにっ!?」 「あまいな」 「!!」  怪魔を弾きあげ、斬り付けようとしたが、怪魔は咄嗟にその脚力で跳ね上がると天井を突き破った。  その時、秋の刀が少しだけ怪魔の腕を斬りつけた。 「しまった、逃がすか!」 「待つのじゃ秋!!崩れるようじゃ!!」 「ここまでか」  さっきの衝撃で風化して脆くなっていた工場は、音を立てて崩れ始めていた。  ひとまず、怪魔よりも身の安全を確保する。 「間に合って良かったの」 「逃げた……か。奴は何なんだ?」 「秋、このままでは人が集まる。一旦退くのじゃ。話はそれからじゃな」  明日になればこのことも事件として扱われるだろう。  憑依霊装を解いて、その場を離れることを優先した。 「へぇーなかなかやるね」 「……」  その二人の姿を見つめる黒い狐と、白銀の髪の女性。  二人の存在に彼らはまだ気づいていない。 「もうすぐ……もうすぐ会えるよ。秋……」  口元だけ不敵に笑い、そのまま青紫の炎に包まれたかと思うと姿を消した。 「?」 「どうしたのじゃ?」 「いや、誰かに呼ばれたような……気のせいか」 「空耳かの」  結局、次の日になって工場のことがニュースになっていた。
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