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気だるい高校生
春海の夜に風が吹く。昼間とはまるで別の世界に来たかのように、人の気配は感じられない。
そんな街に一人で歩くフードを被った男の足音が響く。
「……きたか」
「そのようじゃな」
その肩には、白い狐が乗っていた。おもむろに足を止めると、ウガァ……と奇妙な声を発しながら人とも動物とも似つかない化け物【怪魔】と目が合う。
その化け物たちからは、モヤっとした空気が漂っていた。
「瘴気じゃ、秋」
「あぁ……すぐに片付けるぞ」
「うむ」
フードを脱ぎ、顔に手を当てると狐の半面が現れた。
「憑依霊装」
半面を装備すると、瘴気が吹き飛んだ。そこから覗く目は黄色く鋭い目をしていた。
「ねぇ、ニュース見た?」
「ニュース?」
ここは春海市にある、奈月高校の教室。峯川 瑠奈(みねかわ るな)は友達と朝のニュースの話をしていた。
「すぐそこの商店街が荒らされてたんだって。物騒だよね」
「そうだね、確かに怖いかも……」
「さっきからさ、何キョロキョロしてるの?」
「もう少しで来ると思うんだ」
キョロキョロとしつつも、視線は後方のドアに向かっていた。するとまるで狙ったかのように教室のドアが開き、一人の男子が気怠そうに入ってきた。
校内で有名な遅刻魔、東城 秋だ。遅刻魔としても有名だが、春海にある東城寺の一人息子としても有名である。
「東城君おはよー!」
「東城君!!」
「……」
頬を染めた女子たちから声を掛けられるが、それに反応することなく席に着くなり突っ伏して寝に入った。
「東城君、起きて」
「……」
瑠奈が話しかけても起きようとしない。それでも無理矢理プリントを渡す。こうでもしないと受け取ってくれない。
「はいこれ、午前中のプリント」
「あぁ、悪いな。ありがとう」
「どういたしまして。次は体育だからね?」
「……休む」
一瞬起きたのだが、またすぐに寝てしまった。
東城 秋(とうじょう しゅう)という男はいつもこうだ。
遅刻してきては何の悪びれもなく、どんな授業だろうが寝てしまう。
「相変わらず嫌な感じ」
「疲れてるんだよ、きっと」
「アレのどこがいいんだろうね。顔はいいと思うけど」
チラッと秋を見るが、突っ伏したままで起きる気配はない。
それを見た他の女子たちは可愛い可愛いとはしゃいでいる。
「私は素敵だと思うけど」
「はぁ?あんなのが……ってもしかしてアンタ!!(にやにや)」
「ちっ、違うってば!ただ、私なんかより勉強出来るし」
「まぁ、確かに遅刻魔のくせに成績上位だもんねー。あの頭の中どうなってるんだか」
たまーに、本当ごく稀に朝から登校して授業を受けているのだが、やはり寝ている。
それでも凄いのが、投げられたチョークを寝てるのにも関わらず避けることだが、普通に起きていればいいのにと思う。
☆ー☆ー☆ー☆ー☆
校内にチャイムが鳴り響く。
次は体育の時間か。
そのチャイムを機に、起きるとそのまま何処かへと移動する秋。
サボるために屋上へと逃げるのだが、屋上へ出る前に誰かが付いてきていないかを確認する。
誰もいない。
屋上に出ると入口からなるべく離れた所に座ると、何もいなかった場所に猫と白狐が現れた。
「どうだ?気になる奴はいたのか風丸(かぜまる)」
「ダメだにゃ」
「となると、また無駄足か」
「まぁ、そういうな秋。妖魔師の素質を持つ者はごく僅かじゃ」
ため息をつきながら頭を抱える。
「最近になって怪魔の行動が活発になった。やはり、あいつが動き出したに違いない」
「時間が無いのは分かってるにゃ。でも、妖魔師は誰でも言い訳ではにゃい」
近頃になって怪魔の動きに変化があった。
今のままなら秋だけでなんとか出来るが、これ以上は抱えきれない。
手遅れになる前に妖魔師の素質を持つ者を探さなければ。
「問題は山積みじゃな。この白蓮(はくれん)様も流石に困ったの」
白い狐がダルっと項垂れる。
今日遅刻した理由は、妖魔師の素質を持つ者を探すためにいろいろな所を歩き回っていたからだ。
「今日も出るだろうな。もしかしたら奴の企みが分かるかもしれない」
「わっち等にしか出来ぬことじゃからの」
「……」
無言で拳を握る。その手には怒りと憎しみが込められていた。
そして放課後を迎えた。
ホームルームが終わるとそそくさと帰る準備をして、帰ってしまう秋。
瑠奈は急いでその背中を追いかけ、呼び止めた。
気付けばすぐにいなくなってしまう彼、今しかない。
「東城君!」
「ん、峯川?何か用か?」
「ちょっと待って……はいこれ!」
バックから取り出し、それを手渡しするそれは、市販されている普通のチョコ菓子。
疲れている時に糖分を補給することはいいことだと、テレビで紹介されていて、何故か彼にあげなければと思った。
「……ありがとう。後で何かお礼をしなきゃな」
「ううん、いいよ。ごめんね、呼び止めちゃって…じゃあ、また明日」
なんだか久々に人の優しさに触れた気がする。
チョコをポケットにしまい、歩き出す。
「可愛げのある女子よの。どうじゃ、秋?」
「ただのクラスメートだ。どうもこうもない」
「お主はそうだとしても、あっちの女子は別じゃ。青春じゃな、青春」
まるで恋というワードに敏感な女性のように感じて、うっとおしい。
そんなうるさい妖魔にため息をつきながら帰り道を歩いていると、不意に感じた視線に振り返る。
「つけられておったの」
「いつからだ?」
「踏切を越えた辺りからじゃな」
「結構前だな……隠れてないで出てこい!!」
大声で牽制をかけると、その視線がピタリと消えた。
ストーカーか何かか?それにしても物好きなストーカーがいたものだ。
「逃げたようじゃの。妖気は感じられぬが、追い剥ぎかの?」
この白狐は一体何を言っているのだろう。
今の時代に追い剥ぎという言葉を使う人がいるかどうかも怪しいというのに。
「今は追い剥ぎとは言わないのかの?」
それはさておき、ストーカーをする相手を間違えているように思える。
何故自分なのか、自分をストーカーして何になるというのか。
「好きな相手の全てが知りたくなるのは普通じゃ。どうせ東城寺に行った口じゃろうが、お主がおらず、追ってきた……こんなもんかの」
「そうだといいが……」
なんだか嫌な予感がする。
しかし、その夜は怪魔の出現は無かった。
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