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『ピエレット綺談』
季節外れの花を愛でるように、さして重要ではないわりに、誰かが救われる。そんな日々。冷え切り、凍えた手を握り返してくれたのは、人間ではなく、同じような偶像。恋と呼ぶには未熟過ぎて、愛と言うには重すぎる。好きでなくとも嫌いではない。何かを考えるには時間が足りなくて、考える時間さえも勿体ないと思える。
――ああ、笑ってくれるだけで、嬉しいのかもしれない。
いつからか芽吹いた感情に水をやる。心の無い人形に心が宿ったら、辿る結末は悲劇か惨劇。喜劇にならない。茶番くらいにはなるかもしれないけれど。心を求めて、宿った心に怯える。愛を知りたいと思いつつ、愛を知るのは怖い。恋に恋するようなものかもしれない。偶像には、必要なことだろうか。
「今宵もようこそ!」
嬉しそうに客を迎え入れる語り部を横目に見る。笑っているなら、良いのかもしれない。
「ご主人様――イイエ、劇場支配人。本日も満員御礼でございます。立ち見の方までいらっしゃいますよ。これは、本日も多くの時間を頂けそうですね」
「そうやね」
おそらく「無料で観劇できるなら」ということで人が集まっている。気に入らなければ席を立てば良い。
芸術を理解できない凡俗に見せるものはない。救いの無い世界に、芸術は必要ない。天使の羽は多分これよりも白く綺麗なんだろう。軽くて、何人にも穢せない。星を数えるよりは容易く、雲の行方を辿るよりは困難だ。それでも、声が届くなら、それだけで良い。誰でも良い。誰かに、この声が、想いが、届くなら、それで良い。面白いならば、誰かが笑う。悲劇ならば誰かが泣く。心に訴えかけるとは、そういうこと。偶像には、反応が必要。どんな時も、なんらかの反応がなければつまらない。驚きがなければ心が死んでいく。心を失っていく。いつか心の無い人形の夢が叶う。愛を呪いながら、愛に飢えている人形の可哀想な物語。滑稽としか言いようのない果ての無いおはなし。道化は、俺だけで良い。
「景壱君、景壱君、お客様から綺麗なお花を貰いましたよ。公演お疲れ様ですって!」
「おまえは俺を何と呼ぶか統一したほうが良い」
青いカーネーション――花言葉は、永遠の幸福だったか。ああ、嫌味ではないだろうか。人間から永遠の幸福を願われるなんて。こやけは見る者すべてを魅了する猛毒の笑みを浮かべていた。
やっぱり、道化は俺だけで良い。滑稽で巧みな記憶はこれにて終演。またのご来場お待ちしております。
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