第十夜『もしかしたら、のおはなし』

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第十夜『もしかしたら、のおはなし』

 三日月みっつ並べ立て、十六夜(いざよい)いざいざいざさらば、いつつむっとし、ひとよひとよにひとみごろ。ひとなみにおごれや。富士山麓(さんろく)にオウム鳴く。  (かざ)し仰ぐ手、何掴む? 咲いた咲いた真っ赤なお花、裂いた裂いた赤いおはな。  サァテ、サテサテ、今宵もようこそ! ようこそ! ようこそ!  ここは下天(げてん)、ゆめまぼろしに睥睨(へいげい)、おまけに敬礼! 賽の河原で石積み千年、石の上にも三年、ひたすら努力を積み重ね、苔むすまで!  本日も満員御礼。毎度ご来場いただき、あぁぁりぃぃぃがぁぁあとぉぉぉおございます!  人生劇場第三回公演『ピエレット綺談』へよくぞお越しくださいました! 本日で十回目の公演でございます! はい、ここで拍手! 拍手をするのです! わー、ぱちぱちぱちぱち。よくできました。皆々様に花丸ぴっぴをつけてあげましょう。花丸ぴっぴは良い子だけでございます。悪い子は要りません。  ウフフ。そう怖がらないでくださいな。皆々様は拍手したでしょうに。  嗚呼、申し遅れました! 私は、この劇場の案内員および語り部をしております。崇拝すべき偶像。私こそがアイドル。トップスター、トップモデル! 夕焼けの精霊のこやけでございます。  ちなみに、本日あちらの売店でご用意しております軽食は、サザエでございます。サザエでございまーす!  あまり似ておりませんでしたね。ウフフ。今度物真似の練習をしておきます。あちらの売店で焼いておりますので、是非お買い求めくださいませ。  ものはついで、でございます。サザエのオスメスの見分け方について知っていますか? こちらにサザエを! はい、届きました。まずはこれをこうしてこう! 中身がぎゅるんっ! と出ましたよ。これは、ちょうど良い感じでございますね。お酒のあてにもぴったりでございます。残念ながら、上演中のアルコールの摂取や騒音の出る飲食は禁止でございますよ。ですので、サザエをもきゅもきゅ食べるだけで我慢してくださいませ。  さて、まずは、こちらの中身がクリーム色のほう、これはオスでございます。オスなのですよ。そしてこちら、緑色のほう、これはメスでございます。サザエのオスメスを見分けると何かあるか? ふふんっ、今すぐ誰かに自慢したくなるでしょう!「緑色のほうがメスでございます!」と声高らかに言えるのですよ! なお、オスのほうが、苦味が少ないので、にがぁいサザエを苦手な方は、オスを食べましょう。 私はオトナなので、メスを食べるのですよ! あむあむ。美味しいです!  さて、腹ごしらえもできましたので、お話を始めていきましょう。物語を物語りましょう!    「ワタシ、キレイ?」というお決まりのセリフを言うのは、口裂け女です。  彼女は美容整形の失敗だとか、三姉妹だとか、べっこう飴が好きだとか、ポマードが苦手だとか、色んな話があります。どれが真でどれが偽りなのか、それは口裂け女ご本人に尋ねなければ、わかりません。  ちょうどそちらにいらっしゃいますね。あなたですよ! あなた! 目が合ったでしょうに! どうぞ舞台へ。エエ、エエ、私はきちんとわかっております。ちゃあんとお見通しでございます。  あなたは口裂け女、ではありません。ただちょっと大きめのマスクをして小顔効果を狙っている美意識の高い女性でございますね。ですが、あなたが口裂け女ではないことを証明できますか? 証拠はございますか?  嗚呼、わからない? 質問が理解できませんか。意図が掴めませんか。  もしかしたら――と考えるのも、人間の特徴でございます。もしかしたら、あの時ああしていたら……あの時こう答えたら……もしかして……。と後から悩むことがありますか? ありますね? 後から悩んだことのない人は滅多にいないのでございます。  で、あなたは自分が口裂け女ではないという証拠を出せないのですか? 証拠を出す方法がわかりませんか?とっても簡単でございますよ。  考えてもみてください。口裂け女は、口が裂けているのですよ。ですから、口が裂けていないなら、それは、口裂け女とは言えないのですよ。  ほら、マスクを外して口を見せてくださいませ。それとも、何か、見せられない理由がございますか……?  ウフフフ、これは失礼を。私は自分の目で見たものを信じるものでございますから。エエ、エエ、大抵の場合そうでしょう!  さてさて、今宵は、もしかしたら、のおはなしでございます。    それは夏休みのこと。ある母子家庭が自家用車で田舎へ向かっている途中のことでございます。  夏休みということで、道路は帰省ラッシュでございます。渋滞が蛇よりも長く続き、龍よりも遠くに見えるのでございます。  男の子は騒ぎます。 「まだつかないのー!」  まあ、仕方ないことでございます。持ってきていた携帯ゲーム機もバッテリーがあがってしまって、遊ぶものもありません。辺りは木がいっぱいでございます。全く景色に刺激がないのです。小さな男の子にはさぞつまらない旅路でございます。「おばあちゃんに会えるー!」なんて喜んでいた一時間前が懐かしいところでございます。  やがて、男の子はもじもじします。そうです。おしっこに行きたいのです。尿意を感じたのでございます。  言い忘れておりましたが、お客様も尿意を感じたらすぐにお手洗いへ行ってくださいませ。我慢は身体に毒でございますよ。トイレにいっといれ! でございますよ! おしっこを我慢するプレイはしなくて良いのです。ここでは我慢せずにすぐお手洗いへゴーなのです。  で、男の子は騒ぐのです。 「ままー! おしっこー!」  ママはおしっこではないのです。  渋滞はまだまだ動きそうにありません。幸いにも周囲には身を隠せる草木がいっぱい夢いっぱいでございます。ママは男の子を連れ、後ろの車に挨拶をして、茂みへと入っていきます。茂みには虫がたくさんおりました。  男の子はちょうちょを追いかけて行ってしまったのです。  ママは懸命に追いかけます。ですが、幼子(おさなご)の体力は尽きません。どこまでもどこまでも走るのです。やっとのことで男の子を捕まえ、叱りつけ、ママと男の子は車へ戻ります。  すると、なんということでしょう! あんなに長かった車の列が消えていたのです。そして、自分たちの車が渋滞の先頭になっていたのです!  ママは頭を赤べこのようにぺこぺこ下げながら、すぐに発進します。  法定速度ギリギリのスピードでぶっこんでいくのです。何故ならこのママ、元レディースのヘッドでございます。元ヤンキーなのでございます。美しき走り屋でございます。  圧倒的な走りで周りに差をつけ、カーブを抜け切った時でございます。急にドゥンッ! と突き上げるような地響きがしたのです。それからゴロゴロゴロ……ザザザザザア……坂が崩れたのです。岩が転がっていくのです。木が倒れていくのです。嗚呼、嗚呼、呑み込まれていくのです。  後続の車が、消えました。全て、赤や茶や灰色に埋もれてしまったのでございます。  ママは顔を真っ青にしました。幸いにも電波がとんでいたのでレスキューに連絡しようとスマートフォンを手にします。すぐに通話が始まります。ママが口を開いた瞬間、その声は足元から聞こえたのです。 「ぼくがおしっこに行ったから?」  こほんっ、本日はこれにて終了でございます。終演でございます。  ついでにここであなたの人生も終焉いたしますか? あはあは、冗談でございます。ですが、ここは人生劇場。誰かの人生を語る劇場でございます。誰かを(かた)る劇場でもございます。騙されても私共は一切責任を負いません。全て自己責任でございます。自己責任でございますよ!  さて、これは、もしかしたら、のおはなしでございました。  男の子がおしっこに行ってなかったら、皆死ななくて良かったかもしれませんからね。イエ、まだ死んでないかもですね? ウフフ。どうなったかなんて、私は知らないのです。  それでは、私はお腹が空いてきたので、引っ込むのですよ。皆々様もお帰りくださいませ。サザエの壺焼きを食べたい方は、あちらでどうぞです。オスがクリーム色でございます。メスが緑色でございます。  お忘れ物のないようにご注意を! ここまでのお相手は、夕焼けの精霊のこやけでした。さようなら!
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