第十三夜『誰かの、おはなし』

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第十三夜『誰かの、おはなし』

 希望の星を手に持つ。ひとつ、ふたつ、みっつ。全てが輝く。全てが眩しく、全てが美しい。他人の持つ希望は美しくそして醜い。ついで見にくい。隣の芝が青く見えるように、隣の希望も美しく見える。それが、美しいと思うか醜い――見にくいと思うか。いいや、見づらいか。いつでもそこに在った希望は、崩れ落ちた。こぼれた足元に広がる赤色。足りないくらいがちょうど良い。これぐらいの幸せで良いと願ってはいけなかった。これぐらいの幸せが幸せだと思ってはいけなかった。満足すれば、希望の星が転がり落ちた。ひとつ、ふたつ、みっつ。そうして隣の芝が青く見えた。  これは見る角度の問題。一点から見れば、確かに幸せだった。それが不特定多数の意見を汲み取ってしまったばかりに、幸せではなくなった。  例えば、ペアリングを持たないカップルの場合。指輪が無くとも、彼女は幸せだった。彼も彼女を愛していた。それなのに、どこぞの誰かが「ペアリング持ってないとか愛されてない!」と騒ぐ。周りが同調する。「そうだ」と中身の無い言葉を繰り返す。今まで幸せであったはずなのに、誰かの言い出した言葉で、彼女は不安になる。  ――指輪が無いから、愛されていない。  本当は、誰よりも幸せであったのに。ああ、悲しい。 「ねえ、愛してよ!」  無様で滑稽。腹を抱えて笑って見ていられるような変貌。彼女は彼に詰め寄る。そんな事をせずとも、彼は、確かに、彼女を愛してるのに。  脳髄を焼く熱を感じながら、人は孤独に眠る。永遠を求めたら空振りする手足。空が白々と薄い膜を張る。  希望の星は零れ落ちる、ひとつ、ふたつ、みっつ。深淵の囁き。  ――愛されて、痛かった(居たかった)。  黒く腫れた愚かで穢れた思考。痛みは焼け口から広がり、身体を、心を、蝕んでいく。隣の芝は青い。  絶を望む声が響く。地獄に落ちろと罵声が飛ぶ。自分がどうしてこんな目に遭うのか、見当がつかない。でも、それはとっても簡単なこと。答えは簡単で、冥界の亡霊も笑いながら答えるだろう。嘲笑いつつ答える。そう。  ――幸せだったから。  隣の芝は青すぎて、除草剤を撒いてやるしかなくなった。他人の持つものが優れて見える。比べているのは、自己否定の成せる(わざ)。ひとり遊びの果てに、選ばせて、期待外れだったと手を離す。  何がしたいのかさっぱり理解ができない。理解度ゼロ。馬鹿の一つ覚え。こんな痛みも好きだと言うなら、くだらない夢と希望も踏みにじってしまおう。  希望の星が流れる。ひとつ、ふたつ、みっつ。全て、くたばれ!  鈍い色をした雲が流れていく。隣の芝は黄色くそして醜い。見にくい。見づらい。  これで良かった。これで。他人の不幸は蜜の味。どれにも代わりは務まらない。どれもこの蜜には勝てない。この甘さを知ってしまえば最後。ただただ堕ちていくだけ。  これはあなたにとっては未来のおはなしで、誰かにとっては過去のおはなし。  誰かを愛し、誰かに愛され、誰かの言葉に従った誰かのおはなし。そして、俺にとっては笑い話。喜劇やね。  ククッ……あっはっはっはっはっ。ああ、いや、失礼。あまりに滑稽で面白かったもので。笑いを堪えるのに限界がきてしまった。  本日は人生劇場第三回公演『ピエレット綺談』へご足労いただきありがとぉ。ここまでのお相手は、雨の眷属、景壱でした。  それではまた、次の雨の日に。
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