休演日『テスト中』

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休演日『テスト中』

 あー、あー、テスト。テストでございますよ。ええ、テストでございますとも。お客様もいないのに、一人で、こうして話しているのも不思議なおはなしではございますが、主人が見ておりますからね。おまけに録画もしているそうですから、きちんと練習しておきましょう。  休演日であっても、私の準備は、ばっちりなのでございます。いつでもどこでもあなたの隣に人生劇場!  なんて、未来がいつか来たら良いのです。そうだとしたら、なんて素晴らしいのでございましょう! いつでも好きな時に人生劇場の公演を観ることができるのですよ! と、思ったのですが、それならネット配信? とやら? で良いのではないでしょうか。最近そういう技術も上がっているそうではありませんか。リモートとか? そういうのがあるのでございましょう。そうでしょう? ご主人様? はい。やはりそうでございますか。これもいつかネット配信する、という流れでございますね。その為の予行練習および録画でございますね!  はい。収録と言った方が良いのですね。御意、ご主人様! 言ってみたかっただけでございます。  さてさて、音声のチェックはいつでも大切でございますからね、欠かさずにやっておかないと、時に変なことが起きても、こう、対応というものが、対応というものができるのですよ。アクシデントには事前に備えておくべきなのですよ。それはもちろん、人間でも精霊でも神様でも妖怪変化でも変わらないのです。  だって、アクシデントというものは、いつなんどき起こるかわからないものでございますよ。エエ、わかっていては、アクシデントとは言わないのでございます。だって、アクシデントでございますからね。そんなことを、サプライズ! と言ってもおかしいでしょうに。サプライズプレゼントが機材トラブルなんて、嫌でございます。機材トラブルで音声が乱れて口パクの歌がバレてしまうのは大変でございますよ。まあ、私は口パクで歌をやるなんてことございませんが。そもそも、私、この劇場で歌う機会がございませんもの! あはあは!  せっかくですし、景壱君――ご主人様、こちらで歌いませんか? 得意でしょう? え? カメラチェックで忙しいから無理なのです? それは残念なのです……。  こほんっ。良い感じにマイクもあったまってきたのですよ。  マイクがあたたまるなんて、故障しているのではないかというものですが、本当にあったかいのですよ。  これは、ぽかぽかしているのです。マイクにも心というものがあるのかもしれません。イエ、無いでしょう。だって付喪神の気配が一切しないのです。そこまでこのマイクに愛嬌も愛情もあらゆる愛と名のつくようなものを感じていないのです。愚かな企みに気付いておきましょう。つまり、そういうことなのですよ。  お客様をどちらに誘導するべきか? それは簡単な話でございます! 馬鹿にしないでくださいませ!  お客様はあちらの誘導灯に従って移動してもらうのです。その為の、誘導灯なのでございます。誘導しないで、誘導灯なんて言わせないのでございますよ! 誘導するからこそ、誘導灯という名をもっているのでございます。名は体をあらわすと昔から言うのでございます。これは、初めに受ける呪いが名であるからでございます。  ここで自己紹介でございますか?  嗚呼、申し遅れておりました。私、皆々様の愛すべき夕焼けの精霊。美しき偶像そのもの、こやけと申します。こやけでございます。りぴーとあふたみー! こ、や、け! いえす! せんきゅー! こやけでございます。  ただいまこちらの劇場では、とってもたのしいたのしい夏の怪談フェアを開催中なのでございます。イエイエ、人生劇場第三回公演『ピエレット綺談』を演っておりますよ。  もれなく、あなたの後ろにお化けが憑いてくるのでございますよ。  ほーら、あなたの後ろに這い寄ってきていますよぉ。あはあは、冗談でございます。  お化けはいないのです。たぶん。そもそも、おばけと幽霊の違いは何ですか?  私は知らないのでございます。ご主人様なら知っているかもしれませんね。エエ、ご主人様でございます。  知っている人は知っています。知らない人は覚えておきましょう。  名を景壱と言います。私の主人はとても可哀想な方で、日中太陽が天を燦燦(さんさん)と照らしている時は外出できないのでございます。主人の皮膚は紫外線に弱く、すぐに焼け爛れてしまいます故。私としては、焼け爛れていただいてもかまわないのでございますが、ほら、可哀想だと思っておいたほうが、楽しいでしょう。楽しいと言うのは間違いでございますね。憐れみをもつことも大事でございます。慈悲深く生きているのでございます。  景壱君、そう睨まないでください。綺麗なお顔をしているのですから、それだと勿体ないのでございますよ。  それで、何の話をしていたでしょうか。嗚呼、そうでございました。私、ただいませっせとマイクのテストをしていたのでございます。とても大変な作業なのです。  だって、ここにマイクが何本あるとお思いでしょうか? けっこうな数のマイクがここにはあるのです。  一本くらい持って帰っても誰も気付かないのです。……冗談でございますよ。持って帰っても、仕方ないのでございますよ。使いどころがないですし、立派な窃盗になるのですよ!  では、マイクのチェックをいたしましょう。  まずは、そちら! 聞こえますか? 聞こえますね? では、こちら! 聞こえますか? 聞こえますね!  アリーナ! はい! 良い返事でございます! スタンド! むう、声が小さいですよ! ほら、もう一度! スタンドー! はい、はい、良い調子でございます。とても良い気分になったのです。  誰もいないのですが、一度やってみたかったのですよ、こういうこと。  劇場なのですから、アリーナもスタンドもクソもございませんけれどね。あはあは。  それでは、マイクのチェックも済みましたので、そろそろ物語を――っと、残念なことに、本日はそれどころではないのでした。本日は抹茶プリンを五個も食べられるのです! というわけで、後の事は任せました!    こやけ。おい、こら、置いていくな。  ……はあ、まったくもう。いきなり画面から消えたらテストにもチェックにもならへんやろ。それに、収録してるってのに、舞台に誰も上がってないのは問題やろ。  ま……良いか。休演日やし。これもそろそろ終わろう。明日からまた色々忙しくなるんやから、今日ぐらいは、遊ばせてあげよか。  それではまた、次の雨の日に。
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