第十八夜『おさらいのおはなし』

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第十八夜『おさらいのおはなし』

 くるくる回るは、かざぐるま。ぐるぐる回るは、かたぐるま。ついてにふらふらするのもかたぐるま。  更に言うと、このまま転ぶのもかたぐるま。カラカラ回って、ぐるぐる回って、ぐるるるーぐる、ぐるぐるぐ、回り続けて三千里。どこへ行こうか母を訪ねて、三千里。ところで三千里って何キロメートルのことを言うのでございましょうか。さっぱりわからないのでございますよ。三千里というくらいなのですから、きっと、とても遠いはずなのでございます。だって、数百メートルでしたら、ドラマチックな展開にはならないでしょう。お涙頂戴の物語なのですから、きっと遠いのでございます。エエ、それはあくまで私の意見でございますけれど。  さてさて、本日も人生劇場へようこそ! ようこそ! ようこそ!  第三回公演『ピエレット綺談』ロングラン公演でございますよ! とても喜ばしいことですね! ほら、拍手をするのです! はい、拍手! よくできました。良い子には、花丸ぴっぴしてあげるのです。  申し遅れてもおりませんが、申し遅れました。私は、皆々様の崇拝すべき存在。この世の愛を一心に受けても届かぬ存在、偶像の中の偶像。夕焼けの精霊のこやけと申します。 エエ、エエ、私のことを知っている方もいらっしゃることでしょう。  ご存知でない? ご存知でないと今言ったのですか? 仰ったのでございますか? 知らないと言うのですね。それならば、これから知っていけば良いだけの話でございますよ。だって、私、優しいので。とても慈悲深いのでございますよ。精霊は悪戯好きで、慈悲深いイキモノでございます。ナマモノでございますよ。生きているのでございます。肉の器をもって、人と同じように生きているのでございます。  ですが、私を皆々様のように薄汚い芋虫と同じように扱ってはいけないのですよ。アラ、これは失礼をいたしました。皆々様は芋虫ではございませんでしたね。これはこれは、私としたことが大失敗でございますよ。  嗚呼、この失敗は次に活かそうではありませんか! そちらのあなた! あなたでございます! 初めて見る顔でございますね。うっかり覗きにきてしまったのでございましょう! これはなんという幸運。イイエ、不運でございましょうか。あなたはまさしく、幸運を掴んでいるのでございます。イエ、不運でもございますけれど、私、そういうのは一切気にしないのでございますよ。ほらほら、もっと前に来てください。前にお座りになって。チケットに座席番号なんてふっていないでしょうに。どうして律儀に後ろに座るのでございますか。そんなに私の前に来るのが嫌なのでございますか? はい? 嗚呼、私が美しいから目が潰れてしまうと仰いますか。それなら、私の主人を見れば一瞬で目が潰れてしまいますね。なんと言いましても、彼の瞳の奥を覗けば、うっかり正気を失ってしまいそうなほどに魅せられてしまいますので。正気を失って、あなたもここで道化になってみますか? 楽しい正気度チェックをいたしますか?  それでも私は話を続けるのでございますけれど、だって、せっかく来てくださった皆々様がおりますからね。エエ、お話しないこともありません。  ここには多くのイノチが集まっているのでございます。  イノチからほんの少しの時間を私達は頂いております。ちなみに、私とあなたは時間を共有中でございます。大好評絶賛運命共同体でございます。おめでとうございます!  イエ、イエ、言ってみたかっただけでございます。言葉の勢いとは大事なものでございましょう。それとまあ、簡単なことではございますが、今一度、この人生劇場のおさらいをしてまいりましょう。  初めて足を運んだお客様もいらっしゃることです。説明をいたしますよ。なんと言っても、私、優しいので!  まず、当劇場の名前から。先程も言っておりますね。ここは『人生劇場』。  様々な人生の物語をお楽しみいただけるのです。あなたの知らない人、知っている人、そこらへんのあの人、見向きもされない弱者、誰もが怖がる強者、その他諸々でございます。  それぞれの人生が、この劇場(はこ)に、ぎゅぎゅっと集まっているのでございます。  ここは別名『ハコ』と言うのでございます。漢字にすると『匣』でございます。  ほら、私の後ろの大きな幕に文字が見えたでしょう! なんて優しいシステム!  この劇場では、耳がちょっとばかり不自由な方にもお楽しみいただけるように、視覚でお楽しみいただける物もご用意しているのです。文字をいくらでも出せるのです。  はい、はい、ホイ、テイッ! とまぁ、ここで遊んでいても仕方ないのでございますよ。  そしてこの劇場。皆々様はご入場の際にこんな感じのチケットを渡されたことでしょう。  で、これは、時間を共有するために必要な物でございます。記憶というものはどうしても薄れていくのでございます。うっすらうっすら、ぼんやりぼんぼん、でございます。故に、この切符――ではなく、チケットを見る度に、この劇場のことを思い出していただこうと……私共は考えているのでございます。まっ、思い出というものは、美化されていくものでございます。 あなたにも! あなたにも! あなたにも! 美化された思い出がいくつか存在するはずです。  私にも存在するのでございますよ。ここで語るに及ばないのでございます。ここで語っても面白い事はないのでございます。だって、私の人生をここで演る必要はないのでございます。皆無でございます。  というわけで、ここでは様々な人生の物語をお楽しみいただけます。  嫌いなあいつが苦しむ姿、しあわせなあいつが不幸に落ちる姿、その他色々な不幸があったりなかったり……、イエイエ、なにも、不幸なおはなしばかりを語る訳ではございません。しあわせなおはなしもあるのです。あるのですが、「他人の不幸は蜜の味」と昔から言うではありませんか。だから、不幸な物語のほうが客ウケが良いのですよ。ウフフ、それでも、やっぱり幸福なおはなしを観たいでしょう。  ここから先は一発勝負! 皆々様と私の楽しい楽しい楽しい命のやり取りでございます。  アッハッハッハ、冗談でございます。命のやり取りなどいたしません。私は勝てる戦しかやりませんが、こんなに力の差が歴然(れきぜん)としたまったく張り合いのない戦をしたくないのです。私が勝つに決まっているのですから、面白みにかけるのでございます。フフッ。  本日のお時間を頂戴いたしました。明日が最終日になりますよ。後は主人――劇場支配人にお任せしましょう。  それでは、お代の分だけ肝取られまして候! 試されまして候! ここで魅せるは、甘美で淫靡で下劣な人生の物語! どうぞお楽しみに! ここまでのお相手は、夕焼けの精霊のこやけでした。
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