最終夜『長く生きたもののおはなし』

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最終夜『長く生きたもののおはなし』

 今宵もようこそ人生劇場第三回公演『ピエレット綺談』へ。大好評につき通常よりも多くの夜を共に過ごしてきたけれど、皆々様の楽しめるようなおはなしは見つかった? 無かった場合は、あなた向けに演じられた作品でないと思って欲しい。あなた以外の誰かは楽しんでいることもまた事実。そのうえ人の好みは千差万別。多種多様。みんなちがって、みんないい。俺の世界は俺にしか創れないから、あなたもあなたの世界を創って。同じ存在はひとりとていない。双子であっても、同じ細胞でできていても、性格までは同じではない。そっくりそのままの動きをしていたとしても、同じ時間を生きていない。それはもちろん、どのいきものにも言えること。  永遠を愛するには、同じように永遠を生きなければならない。孤独に(さいな)まれ、彷徨う人々は空を仰ぐ。明日は何処にあるのかと手を伸ばしてみても、掴めるものは透明な糸。夢に(しの)び、こころを落とし、微塵も感じない。苦しい苦しいともがくだけで、すべては変わり、嘘を抱き、星に願う。白いサンゴ礁に恋をして、信じたものはひとりっきりにして――足るを知る。自らの分をわきまえ、それ以上を求めない。  幕が開けば、ここは俺だけの世界。ようこそ俺の脳内へ。ようこそ俺の物語へ。ようこそ俺の芸術へ。  すべてはすべて、俺の空論。現実を模した非現実。机上に並べた理論値。独演会を開く準備はできた。  さあ、最後のおはなしを始めよう。生きとし生けるものは、生きている限り、『死』という終わりがやってくる。終わりのはじまり。人生は死ぬまでの暇潰し。人は生まれ落ちたその瞬間から、やがて訪れる死の冷たい接吻(くちづけ)に怯えて生きることになる。中には自らを殺し、死を招き寄せる者もいる。デリケートでセンシティブな問題やね。  申し遅れた。俺は景壱。この人生劇場の支配人にして語り部。自己紹介をすると長くなるから、さっさと本編を始めよう。皆々様の時間が尽きてしまう。リアルを模したフィクションをお楽しみに。  これは長く生きたもののおはなし。    ある研究施設に大きな貝が届いた。深海魚と共に網に引っ掛かってきたらしい。外見はどの貝よりも大きく、表面もごつごつしていて、特筆するような特徴らしきものはない。だが、研究員の一人はこう言った。 「これは珍しい貝に違いない」  貝はまだ生きていた。水族館に寄贈することもできる程度には元気のある姿だった。時折白く艶めかしい内側を覗かせていた。その姿に見惚れる研究員も少なくはなかった。  こうしてしばらく普通に貝を飼育していたのだが、研究員の一人がこう言った。 「この貝は、普通の貝ではないか」  分厚い本を片手に声を通らせる。各国の貝が載った図鑑には、確かにその貝とよく似たものが載っていた。  イヤ、その貝で間違いなかったのだ。図鑑の写真と酷似した特徴。誰が見ても「同じ貝だ」と言うだろう。と、いうことで、貝の価値は一気に下がった。一般的に見られる種類だったからだ。「珍しい」なんてことは無かった。  そうして貝について調べている間に、研究所に新たな生物が届いた。絶滅したと言われていた魚が生きた姿で見つかったのだ。だから、貝は処分されることになった。 「せっかくだからこの貝でクラムチャウダーでも作ろうか」  なんて笑いながら貝に手をかける。貝は抵抗しなかった。されるがままに茹でられた。ぱっかぁと開いた口。貝殻のごつごつも湯に溶けてつるつるに生まれ変わっていた。ここで研究員の一人が声を発する。 「年齢を調べておきましょう」  日頃から貝の研究をしている研究員だった。彼はずっとその貝の年齢を調べたくてうずうずしていたのだが、なかなか近くに寄ることを許可してもらえなかったのだった。  茹でられた後の貝殻には誰も興味を示さない。だから、彼はずっとその機会をうかがっていた。そうして時は来たのだった。貝殻を受け取り、すぐに切断した。それからその切断面を光沢が出るまでよく研磨した。  ところで、皆々様は貝の年齢の調べ方をご存知だろうか? ついでに説明しておくと、貝の年齢や成長速度は貝殻表面の縞模様を観察するだけではわからない。そのため、まず貝殻を切断し、その切断面を光沢が出るまで研磨し、顕微鏡で観察する必要がある。こうすると、貝殻の断面に周期的な縞模様を見ることができる。次に、この縞模様が「年輪」であることを確かめる必要があるのだが、ま……それは置いといて、話を戻そう。  その貝の年齢を調べて、研究員は悲鳴に似た声をあげた。これには周囲の研究員も驚いた。 「この貝、五百歳をこえています!」  白いスープに浮かぶ貝柱を見ながら、研究員たちは溜息を吐いた。    これでこのおはなしはおしまい。長く生きた貝は美味しいスープになってしまいましたとさってな。最終日にしては軽めのテイストでお送りした。重いものばかりやとメンタルに優しくない。さて、連日通ってくれた皆々様に最大級の感謝を。この劇場を見つけてくれてありがとぉ。ここまでのお相手は、雨の眷属の景壱でした。  それではまた、次の雨の日に。
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