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第二夜・苛烈キネマ『おえらいさんのレピ』
レピは生まれつき病弱だった。
歩くだけで息切れをし、走るなんてもってのほか。頭はとびきり良かったけれど、さんすうだけは苦手だった。
レピが七回目の誕生日を迎えた夜。空には、綺麗なぴかぴかの月が浮かんでいた。パンを食べるおばあさんがはっきり見えるような月だった。星は月よりも暗く見えた。でも、なにより赤い星が輝いて見えていた。
レピは星と星を繋いで遊ぶことが好きだった。こぐまがいるだのさそりがいるだのなんだの言っては、おとなたちを笑わせていた。
七歳になったレピに、おとうさんはかわいいドレスをプレゼントした。レピは悲しそうな顔した。
「レピはかわいいドレスより、おとうさんのようなかっこいいスーツが欲しい」
これには、おかあさんが悲しそうな顔をした。
今までレピには、フリルのたくさんついた真っ白くて甘い砂糖菓子のようなワンピースばかりを着せていた。だから、ひどく悲しんだ。
「レピの気持ちをわかってあげられなくてごめんね」
おとうさんはそう言うと、自分のいっちょうらをクローゼットから引っ張り出してレピにプレゼントした。
レピは花のような笑顔を浮かべた。とても愛らしい、年相応の笑顔だった。
次の日レピは風邪で寝こんだ。あまりに嬉しかったから知恵熱が出たんだろうって、おいしゃせんせは言っていた。おかあさんもおとうさんも心配した。レピのことが可愛くて可愛くて仕方ないから、心配した。
レピが十四回目の誕生日を迎えた朝。おとうさんはおえらいさんに選ばれた。まっかなお手紙を配達員さんが持って来た。配達員さんは「とても名誉なことなんだよ」とレピに向かって言った。おえらいさんのお仕事は、右手を空へ、左手を海へ棄てることらしい。きれいに散らすことができたら、立派らしい。
おかあさんは泣いていた。旗を振って泣いていた。「嬉しくて泣いているんだ」って、隣の人が言っていた。
おえらいさんになるのは、とても名誉で、とても素晴らしいことだって、レピは聞いた。
おとうさんの乗った汽車がちいさくなっていく。点のようになる。星のように小さくなった。
遠くからさわがしい音が聞こえてくる。おかあさんはレピを抱えて、木の根っこの穴に隠れた。さわがしい音が近づいてくる。花火のような音が聞こえる。花火のような香りが、はなのあなを抜けていった。おかあさんは泣いていた。
レピが十五回目の誕生日を迎えた昼。おかあさんが動かなくなった。お腹がぼっこり膨らんで、目玉を真っ白にして、横たわったまま動かなくなった。
レピはおかあさんを何度も揺らして起こそうとしたけれど、おかあさんが二度と動くことはなかった。お隣の人がおかあさんを燃やした。燃やしてできた灰は、空に撒いた。天高く、風に乗って運ばれていく。まるで龍神のようだってレピが笑っていたら、ばんばんって音がして、隣の人が真っ赤になって倒れた。レピは何が何だかわからないけど、怖くなって、木の根っこの穴に隠れた。
おとうさんが帰ってきた。小さな白い壺に入って帰ってきた。立派にお仕事をしてきた証拠だって、隣の人が言っていた。立派にお仕事をしたら、こんなに小さくなるんだなぁってレピは思った。
レピの元に真っ赤なお手紙が届いた。配達員さんが「おめでとう」って祝ってくれた。
病弱なレピは、おえらいさんになれなかったけれど、人手が足りないから、おえらいさんに選ばれたとお手紙には書いてあった。レピは嬉しくなって、すぐにおえらいさんになることにした。
十六回目の誕生日の前日、レピは、おえらいさんになった。
隣の人は、泣いていた。
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