第四夜『夏の、おはなし』

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第四夜『夏の、おはなし』

 見えなくてもそこにある。そこになくても見えるものはある。昼間の星は何故暗い? そこに確かに存在していると知っているのに、姿は見えない。酸素はどうして目に見えない? これが無いと人間は活動が困難になってしまうのに、目には見えない。見えなくとも、ここに()る。そして、なくても見えるものは存在する。それは、あなたの目の前にあるもの。見えているもの。しかし、ここにはない。それが無い。答えは闇の中。知りたいならまた今度。存在が否定されようとも、存在するものはいる。  ようこそここが救済の地! 意識に手を振り、別れを告げよう。また会えるのは逆立ちしたカエルが転ぶ頃。時間にして四十三万八千秒後。正確ではないけれど。  星の(またた)紺碧(こんぺき)に見透かされては、何人(なんぴと)たりとも精神(こころ)に寄り添えない。天のそらまた遠く、果てにこそ救いがあるとするならば、信じた者は恩恵を得られるであろう。また、海よりも高く回顧するソレは、いくらかぶんの代価を求める。夢に堕ちる全てはからからからから廻り、流転を続ける。  今宵は人生劇場第三回公演『ピエレット綺談』へよくぞお越しくださいました。  俺が、俺こそが、この人生劇場の支配人にして語り部の景壱。初めましての方は以後お見知り置きを。既にご存知の方には、何度も同じ話をすることにご了承を。  俺は雨の眷属であり雨の末裔(すえ)。皆々様の知能に理解しやすく――わかりやすく言い換えると、「雨の神様の親戚」となる。ま……「神の出来損ない」とか「神もどき」とでも思っていただいても良い。俺には俺を崇拝する信者がいない。俺を崇め奉る狂信者がいない。つまり、俺を信じる者は存在しない。俺はそれについて――少し淋しいが――仕方ないこともある。仕方ない、仕方ない。ははは。  さて、当劇場では、現在『ピエレット綺談』と題した公演を連日続けている。ここで俺から質問だが、皆々様はピエレットの意味をご存知だろうか? 既に調べてから来ている人は褒めてあげよう。えらいえらい。調べずに、なんか面白そうやから劇場に入ったあなたは――ま……その好奇心を褒めてあげよう。えらいえらい。  どんなに良い劇だとしても、観客がいないと何も成立しない。いかに演者が素晴らしくても、いかに音響が心を揺さぶるものであっても、いかに演出がドラマチックだったとしても、そこに、客がいないことには、それはただの……ひとりよがり。で、あるからして、俺は皆々様を褒めてあげよう。えらいえらい。もちろん、感謝の心も存在する。ありがとぉ。  それで、ピエレットの意味についてだった。ピエレットとは、道化。つまり、ピエロのこと。そして綺談とは、巧みにつくられた面白い話。……ま、面白さというものには個人差がある。俺が面白いと思っていても、あなたはそれほどでも……と思うかもしれない。美醜の感覚に差があるように、面白さにも差が出るもの。全員が全員、面白いと思うなら、それはそれで……ちょっと怖いと思ってしまう。  と、話が本題から離れていってしまう。これは俺の悪い癖の一つやから、どうかご容赦を。  この人生劇場では、その名のままに、様々な人生の物語を観劇することができる。  喜劇や悲劇もお好みのままに、美しい恋愛から醜い愛憎劇まで、どのようなものでも()せてあげよう。  あなたも! あなたも! あなたも! 歪な世界に引き込まれていく。劇場は、今宵も世界から閉ざされる。さあ、物語を物語ろう。誰かの人生を高らかに(かた)ろう! 作り話? それとも……?  さて、物語の季節は夏。梅雨の間は部屋が蒸し暑くなる。俺も蒸し暑いものは苦手だ。だからといって、乾燥も肌に悪い。人間を模している俺には乾燥が大敵。紫外線も悪影響だ。そんなことはさておき、そこら中に虫が蔓延(はびこ)る季節。それが、夏。  今回はそんな、夏の、おはなし。  ある食品工場では、毎日唐揚げを生産しているそうだ。多い時には一万食を出荷しているらしい。それが多いのか少ないのか俺は知らないが、ぼちぼち儲けてるんやと思う。  ある日のこと。工場では、伝染病の対策で窓を開けて作業が続けられていた。  食品工場では、基本的に窓は開けっぱなしになっていない。消防法とか、人間が定めたそういう、難しいあれこれとかで窓は設置されていても、基本的には閉じられているもの。もしも、開いていたとしても、必ず外界との間に何か一枚かまされているものだ。それが雨戸だろうが網戸だろうが、俺は知らない。  とにかく、窓は必ずと言って良いほど、作業中には開かれていない。  その、普段は閉ざされている窓が開かれていた。そして、事件は起こった。砂埃が工場内に吹き込んできた。従業員達は慌てて窓を閉める。作業途中だった唐揚げは砂だらけで売り物にならない。ああ、これはもう損害だ。砂だらけの唐揚げは全て廃棄され、再び作業が始まる。  再生産された唐揚げは出荷され、隣町のスーパーマーケットに陳列された。すぐ買って帰る主婦がいた。夕飯の一品にするため購入したのだった。  帰宅後、唐揚げの入った袋をテーブルに置いたまま、主婦はキッチンに立つ。しばらくすると、子供が帰ってきた。「お母さん今日の晩ご飯は何?」だの何だの会話をし、子供は自分の部屋へ行く。  一息ついて、主婦は唐揚げを袋から取り出して目を大きく見開いた。  そこには、白く細長い蛆虫が無数にわいていたのだった。  ……とまあ、これは本当のおはなし。今ではそんなミスをする工場もないやろ。知らんけど。  どうして蛆虫がわいていたか? ああ……それは簡単な話やね。トリックも謎も何も無い、とても単純明快な話。ハエが工場に入ったからやね。そして卵を生みつけた。ハエの卵は条件さえ揃えば半日ほどで孵化する。  ま……気をつけて。タンパク質やから、食べても良いんやないかな。ハエについてる菌については知らんけど。  そろそろ終わろうか。虫は女性ウケしないからな。男性向きでもないけれど……ククッ。  そういう反応、俺は大好きなんよ。俺にもっと怯える姿を見せて、驚く姿を見せて。  俺は、あなたの、あなた達の反応を知りたい。もっともっと、よく知りたい。  だが、それには時間が足りない。今宵はこれにて終演。ここまでのお相手は雨の眷属、景壱でした。  それではまた、次の雨の日に。
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