第六夜『幽霊のおはなし』

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第六夜『幽霊のおはなし』

 三千世界の大改革、夜に潜む朝の彩り、西から昇った月は東に沈み、東から昇った太陽は西に沈む。 時計の針はくるくる回り、右に回って五分早い。最新型だから早く進むと聞くけれど、それは壊れているだけでございます。  サテサテ、今宵もようこそ! ようこそ! ようこそ!  ここは底辺、三角形の頂点、ピラミッドの入り口あたり。奥に進めばお宝ザクザク、死体もザクザク、ミイラの包帯ぐるんぐるん、解いてみせよう艶の花。朽ちるが美し、仇の花。  今宵も当劇場――人生劇場第三回公演『ピエレット綺談』へご足労いただき、まぁこぉとぉにぃ、ありがとうございます!  にこにこ笑うがレディの嗜み、じいやにお茶を淹れさせて、若いツバメに投げキッス。メイドのスカート捲りあげ、アッチもコッチも大乱交。卑猥で陰鬱、優しさ皆無、そんな地獄に、へいらっしゃい!  と、まあ……テキトウな言葉を並べさせていただきました。あはあは。申し遅れました。私、超絶プリティな夕焼けの精霊、こやけと申します。私は皆々様と同じ、人間の姿をしておりますが、人間ではございません。斯様な下等生物と一緒にしないでくださいませ。私は神霊でございます。高尚な存在でございますよ! ふふふ、崇め奉るのですよ! さあ、跪け! 崇めろ! 奉れ!  私を信仰すれば、私の好感度が爆上がりなのですよ! うなぎのぼりなのですよ!  そんなことはさておいて、当劇場では様々な人生の物語を観ることができるのでございます。  皆々様の知らない誰かさんの一生を、誰かさんの記憶を、誰かさんの夢を観ることができるのです。 しあわせに満ちたものであるか恐怖に彩られたものであるか、希望しかないか、絶望しかないか、それは観てからのお楽しみでございます。  ですが、観劇するにはお代を頂かねばなりません。お代は時間。時間だけでけっこうです。私共は金品を求めません。あなたの! あなたの! あなたの! 時間だけを頂きます。嗚呼、どうしてもと仰るならば、金品も受け付けますよ。特に抹茶プリンなら大歓迎でございます。ぷるぷる震える愛らしいプリン。それを食べる私がまるで悪い魔物のよう! 嗚呼、どうしてあんなに美味しいのでしょうか。どうして美味しく生まれてきたのか、抹茶プリンに尋ねたくなってしまいます。嗚呼、ヨダレが! ヨダレが垂れてしまいます! じゅるじゅる!  ふざけてないで、始めていきましょう。物語を物語りましょう!  この世にはいろんなものが存在します。生きていても、死んでいても、存在するのです。  死んだら死んだで、思い出なり何なりとして誰かの記憶に残っているものなのです。忘れられた人と死んだ人は同じでございます。存在が消えてしまえば、死んだも同然。生きていても、忘れられたら、いないも同然。  では、死んでいても忘れられなければ? どうなりますかねェ?  今宵は、幽霊のおはなしでございます。    あるマンションに男性が引っ越してまいりました。  男性の入居した部屋は、いわゆるひとつの事故物件と呼ばれるものでございました。女性が睡眠薬を大量に飲んだ後、浴槽で手首を切って自殺した部屋でございます。ちなみに死因は溺死でございました。出血多量死ではなかったのでございました。男性はそこがどういう事故物件か聞いてから入居しております。ですから、何かが出ても、まあ、そういうことだと思うことにしていたのでございます。  入居して五日目になるくらいでございました。男性が風呂場に入りますと、壁に真っ赤な文字で「おかえり」と書かれていたのでございます。これには男性も驚いて混乱して思わず「ただいま」と声を出します。すると、なんということでしょう! 真っ赤な文字がべちゃり、と床に落ち、排水口へゆるゆる流れていったのでございます。胸を撫で下ろす男性。そのまま壁にお湯をぶっかけ、洗い流したのでございました。  次の日。玄関に真っ赤な文字で「おかえり」と書かれていました。男性はすぐ「ただいま」と返します。文字は消えません。男性はもう一度「ただいま」と言います。が、文字は消えません。  真っ赤な文字を跨いで奥に進みます。家を出る時に消したはずの照明が何故か煌々とついているのです。恐る恐るドアを開きます。  そこには女性がいました。ソファに座り、テレビを見て、けらけら笑っているのです。テーブルにはビールと枝豆が置いてありました。完全に寛いでいるようでした。  男性は言います。「お前は誰だ」「どこのどいつだ」「俺の家に勝手に入りやがって」しかし、女性は男性の方を見ないのです。全く見ようとしないのでございます。  男性は同じセリフを繰り返します。しかし、女性は反応しないのです。あろうことか、男性に向かって歩いてきました。男性は呼び止めようと肩を掴みます。イイエ、掴めませんでした。掴めなかったのです。女性の肩に触れられなかったのです。まるで身体を冷気が抜けていくかのように、すぅーっと……。  男性は訳が分からなくなって、そのままベッドで眠りました。  朝になりました。男性の横にはあの女性が眠っておりました。男性は飛び起き、女性を起こそうとします。  ですが、触れないのでございます。女性には触れないのでございます。  あつかましい奴だ。そう思いながら男性は身支度を整え、朝食を準備します。そうしている間に女性が起きてきました。ぼうっとした姿でございました。女性のスマートフォンが鳴り響きます。 「おはよー。うん、大丈夫だよぉ。事故物件って聞いてたけど、何にもなかった」 女性は楽しそうにそう言うのです。男性は「俺の部屋だ」と叫びながら食器を揺らしてみせたり、ドアをバンバン開けたり閉めたりするのです。すると、女性は驚いた反応をしながら笑うのでございます。 「わぁ! 今、ポルターガイスト起きてるよー! やっばい。ムービー撮らないと! これ絶対バズるっしょ! うんうん。あ、そっか。ビデオ通話にしたら良いんだっけ? カメラをオンにしてっと。どう? 見えるかな? ほら、揺れてるでしょ! やっばいね。これ。朝からこんなに騒がしいならやっぱりお祓いとかしてもらった方が良いのかな? うん。うん。わかった。今度また通話しよっ! じゃあね!」  それを聞いた男性は、心底あきれたのでございます。そろそろ退居しようと考えたのでございました。  ふふふ、よくある話でございましたね。与えられた情報が正しい事であるかは、自分で判断するしかないのでございますよ。いつから男性が生きていると錯覚しておりましたか? ここにいる女性が死んでいると錯覚しておりましたか? イイエ、本当は、男性は生きていて、女性は死んでいるのかもしれません。また、この女性は、自殺したと言われる女性なのかもしれません。それとも、どちらも死んでいて、どちらも自分がまだ生きていると錯覚している……という可能性も存在するのです。 考え方は人それぞれ。十人十色でございます。ですので、実際は……ご想像にお任せいたします。  本日の演目は、普段よりもとびきり甘めの味つけでございました。お口にあえば幸いでございます。もう少し辛めの味つけが良かったならば、また劇場を訪れてくださいませ。今日のようなモノは、もう演っていないかもしれませんからね! 私共は、最終日まで、あなたの! あなたの! あなたの! ご来場を、心よりお待ちしておりますよ!  それでは、本日はこれにて終演とさせて頂きます。またのご来場をお待ちしております。ここまでのお相手は、超絶プリティな夕焼けの精霊、こやけでございました!  さようなら!
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