Ⅴ 暴れ馬の剣

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「我々ダナーンの民の歴史では、マナナーンやルーのような神々の時代の後に、神々の子供である英雄の時代がやってきましたが、そこである大きな戦が起きたのです」 「大きな戦?」  何がなんだかわけがわからず、だいぶ頭を混乱させたままの状態ながらも、歴史や伝説好きなハーソンは反射的に聞き返してしまう。 「はい。ここエールスタントの地をダナーンが治めていた頃、〝ウルスター〟と〝コンハート〟という二つの国がありましたが、ある時、ウルスター王コンファヴァル・マク・ネーサとその妻でコンハートの女王マェーヴが、各々どちらの持っている財産の方が優れているのかを比べてみることになりました。すると、コンファヴァル王の所有する精強な牡牛〝フィンヴェナハ〟においてのみ、マェーヴ女王は負けておりました」 「王族が考えそうな、なんともくだらん見栄の張り合いだな」  その問いかけに答える形で昔話をウオフェが始めると、ハーソンはなんとも嫌そうに眉をしかめて合いの手を入れる。 「ええ。でも、それが許せなかったマェーヴ女王は、夫の治めるウルスター国内にあるクーリンゲという街で、コンファヴァル王の牡牛に勝るとも劣らぬ牡牛〝ドン・クアルンゲ〟を見つけ、譲渡を拒む持ち主からこの牡牛を奪うべく、軍を挙げてウルスターへ攻め込んだのです」 「牛一頭のためだけに軍を起こしたのか!? しかも、見栄の張り合いから始まった夫婦喧嘩だろう? ますますくだらんな。くだらなくも壮大な夫婦喧嘩だ!」  同感と相槌を打ち、さらに続けるウオフェの話を聞いたハーソンは、あまりにもがバカげた戦のその理由に、呆れ果てると思わず声を荒げてしまう。 「その通りです。そのくだらない見栄のために、ダナーンは二手に分かれて長らく熾烈な戦いを繰り広げることとなりました。ミレトス人に地下へ追いやられたのも、その戦によってダナーンの国力が弱体化したことによります。そして、その戦いは地下を住処とした後も……今に至るまでずっと続いているのです」 「今でも!? では、何百年もの間、ずっとそんなバカげた戦を続けているというのか!? それに比べればエウロパの百年戦争などかわいいものだぞ!?」  重ねて首を縦に振り、さらに驚くべき事実を口にするウオフェに、ハーソンはますます声を荒げ、とても信じられないという顔で愕然とする。
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