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3
二等辺三角形のスイカを二切れ食べ終わるころ、弟くんが立ち上がった。
「姉ちゃん、ボク、泳いでくる!」そう言ったかと思うと駆けだした。
年上の男どもとの空間に居辛さを感じていたのかもしれない。何かしら話しかけてやっても良かったのではないかと、少し、後悔してみた。
トキミズさんは、あまり沖に行かないようにと声を張り上げたが、弟くんに届いているかどうかは定かではない。
三人で並んでスイカをかじる格好になる。僕は口を開いてみた。
「トキミズさん、試験どうだった?」こんな台詞しか浮かばない。彼女の成績は良い方なのを僕は知っている。
「え? ああ、まあまあかな」少しだけ微笑んで見せる。「ナルセくんは?」
「俺、ぜんっぜん、ダメ、今回は死んだ」とケイスケが答えた。
「あんたに訊いてないんですけど」とトキミズさん。
みんなで短く笑った。
トキミズさんがスイカをかじった。と、僕はあることに気づく。彼女は種を吐き出していない。
「え? 種は?」思わず訊いた。
ケイスケがトキミズさんの方を覗き込む。
「え、なに、トキミズ、おまえ種も食ってんの?」
彼女は一瞬目を丸め、それから咀嚼しているスイカを飲み込んだ。
「食ってるよ。悪い?」そうすることが当然であるかのように言い捨てた。
「いやいや、吐き出せよ。盲腸になるって言うぜ」半笑いで言うケイスケ。
「ならないもん」
「変人だなぁ」呆れ顔のケイスケである。
「いつも種まで食べてるの?」と僕は訊いた。
「海に来たときはね」
「え? なんで?」
「だって、もしもの時に――あっ!!」突然叫んで立ち上がるトキミズさん。
「なんだ?!」反応して僕たちは同時に仰け反った。
彼女の見る沖合に、僕も目線をやってみる。と、弟くんがポツリと小さくなった頭を出してこっちを見てた。
そして、沈んだ――
浮かんだ――
手をばたつかせた。
「溺れてるのか?」僕たちは立ち上がる。
かなり沖の方にいることがわかる。もしかしたら先ほどの僕たちと同様、ブイを目指して泳いだのかもしれない。
「ユージ、行くぜ!」
「待って!」ケイスケの台詞に素早く反応するトキミズさん。
「なんで? 早く助けないと!」
駆けだした僕たちが振り返ると、彼女は空手の構えのように両こぶしを腰のあたりで握りしめ、仁王立ちになって顔を真っ赤にしていた。
全身に力を込めているのがわかる。
「わたしが行く!!」
トキミズさんは、よく振ったシャンパンから飛び出すコルクのように駆け出す。羽織っていたものを脱ぎ棄てた。なぜか、へその辺りに手を当てている。
「これ持ってて!」すり抜けざまに紐のようなものを渡された。「わたしがあの子を掴んだら、思いっきり引っ張ってよ!」
トキミズさんはそう言いながら、波に向かって飛び込んだ。
「何だこりゃ?」ケイスケが素っ頓狂な声を出す。
その紐のようなものは、植物の弦のようだった。いや、間違いなく弦である。そして、それはトキミズさんの向かった方向へ、そう、海の中へと続いていたのである。
その弦は脈打つように動きながら縒れて太くなっていく。そして、僕の腕に絡みつこうとする。
「うわ、うわっ!」その感触が気持ち悪くて、振りほどこうとするのだが、どんどん絡まってくる。「ケイスケ、ケイスケ、切ってくれ、早く!」
「お、おう!」言ってケイスケは僕の腕に絡みつく弦を引きちぎろうとした。
と、触れた彼の両手に、弦が振り下ろした鞭のように動いて絡みだす。
「うわ! 何だこりゃ、気持ちわりぃ!」
意思があるかのように、僕たちの腕に絡んでくる弦! もはやパニック状態だ。
どうすりゃいいんだと沖に泳ぎ進むトキミズさんに目をやると、もう少しで弟くんにたどり着く距離にまで来ていることがわかった。速い!
弟くんは完全に我を失っている。彼のいる部分にだけ、不規則な水しぶきが上がっている。間違いなく溺れているのだろう。
この状態でトキミズさんが彼に触れようものなら、二人して溺れてしまうことになるかもしれない。
それにしても何なのだ、この弦は?
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