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ついに僕たちの両腕は、弦でぐるぐる巻きになってしまった。
「チクショウ、どうなってんだよ、これは」と、ケイスケが言ったところで、何かが腕から流れてきた。
振動? 声?
『掴んだ! 引っ張って!!』
トキミズさんの声が、電気信号のように響いてきた。気のせいではない。
沖を見ると、弟くんの姿も、彼女の姿もない。沈んでしまったのか?
ケイスケを見る。と、彼は丸めた目で僕を見ていた。彼にもトキミズさんの声が聞こえたことがわかった。そして叫んだ。
「引っ張れぇぇぇぇい!!」
「おっしゃあぁぁぁぁぁ!!」
僕たちは夢中で、腕に絡みついた弦を引っ張った! 引っ張った! 手繰り寄せていった。握りしめる弦には所どころに実のようなものがついていた。だが気にしている場合ではない。とにかく腕を動かす! 動かす!
やがて、海面に人の頭が現れる。トキミズさんだ! 彼女が弟くんを仰向けにする格好で近づいてくるのがわかった。
「うおおおおおおおおおおおお!!!!」
叫びながら、さらに手繰り寄せる! 手繰り寄せる!
腕が重たい。遠泳での疲労は癒えていない。それはケイスケも同じのはずだ。
「くっそおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!!!」
「ユージ、走るぜ!」
反射的に、僕は彼の号令に従った。
弦を掴んだまま、砂浜を、走る! 走る! 走る!!
ついに力尽き、僕たちは砂を巻き上げながら倒れこんだ。
そして、なんとか振り向く。
握りしめた弦のずっと先を見る。
それは、波打ち際に横たわる人影につながっているのがわかった。どうやら二人を引き上げることには成功したようだ。
僕が立ち上がるより前に、ケイスケが立ち上がり、ふらつきながらそちらに向かった。僕も行かねばと、なんとか立ち上がる。
腕に絡みついていた弦は力尽きたかのように、ぱらりぱらりと解けていく。それには構わずに、トキミズさんと弟くんに近づいた。
伸びた弦に沿って歩く格好になったが。所どころになっている実が、実はスイカであることに気づく。彼女に近づくごとに実はおおきくなっているのがわかった。だが、首を傾げる元気もない。
トキミズさんが弟くんと共に上体を起こした。弟くんは泣いている。無理もない。相当怖かったに違いない。
「ばか! 沖には行くなって言ったでしょ!」彼女は息を切らしながら、弟を叱りつける。
不意に彼女の腰の辺りに目が行った。弦がその辺りにつながっているように見えたからだ。
「うわっ、なんだ、そりゃ?」とケイスケが声を上げた。
「え?」思わず彼を見る。
「へそ、お、おま、え? トキミズ、おまえの、へ、へそ」
あまり見たことのないケイスケの動揺である。
へそ、と言われたので、トキミズさんのへそを改めて見ると……
「げ! なにそれ?」僕も声を上げてしまった。
なんと彼女のへそから、弦が何本も出ていたのである。
僕たちはそこから伸びた弦を引っ張って、二人を助けたということなのか?
トキミズさんは、力なく微笑みながら自分のへそから出ている弦を両手で掴んだ。
そして引っ張る。
と、中からずるりとレモン大の緑の物体が出てきた。根が生えていることもわかる。
これだけの大きさのものが出てきたのに、へそから出血しているふうでもない。いわゆるへその穴も普通の大きさである。特異な伸縮力としか言いようがない。
「そ……それって……」恐るおそる訊いてみる。
トキミズさんは笑っているような泣いているような、どちらともつかない顔で言った。
「……スイカ」
「お、おま、おお、おまえ、何やってんだよ! どういうことだよ!! 何なんだよそれはよ!!! 説明しろよな、あぁ?!」
ケイスケは立て続けにそう言った。明らかにショックを受けている。
「わたしの……ちょう、のう、りょく……っていうのかな? ……そんな感じ。ははっ」
「『ははっ』じゃねーよ!」
「ケイスケ、いいじゃないか、二人とも助かったんだし、な? 人それぞれなんだからよ」
我ながら訳のわからない宥め方だ。
「『人それぞれ』を超えちまってるだろ!」とケイスケ。
その後、ケイスケの動揺と弟くんの嗚咽が治まるまで、しばしの時間を要した。
その間に、トキミズさんのへそから伸びていた弦は実ごとしなびてしまい、僕たちが夕方その場を引き上げるころには、風化したようにボソボソになっていた。
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