第一部――『気がつけば彼に抱かれていました』 ◇1

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 古畑任三郎みたく眉間を摘まんだ姿勢のまま、ゆっくりと、振り返ればそこには―― 「鍋食うんならおれにも食わせろ」  清潔感を感じるけれども使い込んだことの分かる黒のスーツ。  白地に、淡い青のストライプのワイシャツ。  ネクタイは帰りの電車で外したのか、第三ボタンまで開襟していて。  肌が白く線が細いくせにぼっこぼこの実に男を感じさせる喉仏があらわとなっており。  大学時代に全体を長めにしていると『それでもボクはやってない』の『彼』に似ていると言われたのを気にしてわざと短めにカットした髪は仕事帰りにも関わらず、乱れずちゃんとセットされており。  なにか怒ったような、悲しいような目で彼はわたしのことを見ていた。    彼は、わたしのよく知る人物だった。  * * * 「ああ。うんめえ。超うめえーっ」  ……果たして豚しゃぶが『鍋』に分類されるのかは謎だが。  ともあれ、目の前の男は実に美味しそうに食べている。  その姿に、こちらも食欲をそそられる。
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