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第一部――『気がつけば彼に抱かれていました』 ◇1
待ち合わせ場所に向かう足が弾むのが自分でも分かっていた。
スキップでもしたい気分だった。ひと目がなければ鼻歌さえ歌っていた。
三年間付き合っている彼氏に『大事な話があるんだ』と呼びだされれば――決まっているじゃないの。
あの、魅惑の四文字がわたしを待っている。
頬が自然と緩み、胸のなかは期待に膨らむ。
彼は、親が裕福で。庶民的な生活を送るわたしはその恩恵にあやかり、会うたび美味しい食事をご馳走になっていた。
これからは、彼のために手料理を振る舞う日が続くのだ。
わたしはそれほど料理が得意というわけではないが、なんだったら料理教室に通ったっていい。きっと通わせてくれるだろう、彼のことなら。
愚かなことにわたしは未来のことさえ予想していたのだ。
その三十分後に、その夢と希望が粉砕されることなど、つゆ知らずに。
『来年、結婚するんだ。だから、別れて欲しい』
* * *
鶏もも肉。
豚肉の切り落とし。
生姜焼き用のロース肉。
目についたものをひたすらにかごにぶちこむ。
手つきが乱雑なのが自分でよく分かった。
気分最低。
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