第14話

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第14話

「だ~れだ?」  ――くちびるには何も触れてはこず、代わりに、両の目を誰かに塞がれた。どうやら暗くなったのはそのせいらしい。そしてそれは幸希の手ではないようだ。後ろからやたら弾んだ声音で話しかけられた。  しかも、花菜実はその声に大いに聞き覚えがあった。 「……もしかして」  手を剥がし勢いよく振り返ると、見覚えのあるイケメンが花菜実に抱きついてきた。 「か~な!」 「な、(なお)ちゃん!」 「うんうん、尚ちゃんですよ~」  花菜実の兄、尚弥(なおや)がニコニコキラキラな笑顔を貼りつけたまま、妹にいいこいいこする。 「ど、どうしてここに!?」 「ん~、千里(せんり)がさぁ、『かながエリートイケメンの毒牙にかからないか心配で心配で仕方がない』って言うからさ。こうしてわざわざ来ちゃったわけ」  ほら、千里もあそこにいるよ――尚弥が少し離れたところを指差す。視線を移すと、そこにはキャップをかぶりサングラスをしても尚、美しさが手に取るように分かる美女が居心地悪そうに立っていた。 「ちりちゃん! もう日本に帰ってたの?」 「ん……一昨日帰って来たんだ」  花菜実の姉であり、尚弥の双子の妹である千里が、おずおずと近づいてきた。 「っていうか、二人とも、どうして私が今日ここにいるって知ってたの?」 「千里がちなみちゃんから聞き出したんだよ」 「ちなみに聞いたの? どうして!?」 「あれ、知らなかった? 千里とちなみちゃんがメッセ友だって」  確かにちなみには、今日幸希と一緒に動物園に来ることを話してはいた。けれど、まさか自分が与り知らぬところで、姉と親友がつながっていて、今日のことが筒抜けになっているとは。 (ち、ちなみ……っ)  心でちなみに毒づこうと思ったが、自分だって野上には散々ちなみの情報を流していたのだから、人のことは言えないわけで。  花菜実はやれやれと肩を落とした。  そして幸希は、見事に置いてきぼりにされており、はぁ、と不機嫌なため息をついていた。それを横目で認識した尚弥は、 「いやぁ~、今のって完っ全にキスの流れだったよねぇ。邪魔して悪かったねぇ。……水科?」  わざとらしい口調で、謝罪を装いつつ目の前の男を揶揄するような言葉を口にする。それに対し、幸希は鼻で笑った。 「はっ……悪かったなんて、露ほども思ってないくせに。むしろ狙って邪魔したんだよな。……織田」 「へぇ~、俺のこと知っててくれたんだ?」  幸希の言葉に、目を見張る尚弥。 「理工の『白衣の貴公子』と言えば、大学では知らない人間はいなかったし」 「いやいや、政経の『リサーチ王子』には負けますわぁ」  二人の会話を聞き、花菜実は頭の周りにクエスチョンマークを飛ばす。 「え? ちょっと……二人は知り合いなの? どういうこと?」 「あれ、かな知らなかったの? 俺とこいつは同じ大学の同級生だったんだよ」  尚弥は幸希に見せつけるように、花菜実に抱きついたままだ。 「学部は違うけど。……だけどまさか、織田が花菜実の兄だとは知らなかったな」 「え~、水科ともあろうものが、リサーチ不足なのはいただけないなぁ」 「花菜実のことは、ちゃんと花菜実の口から聞きたいんだ」  尚弥は花菜実と三歳違いの兄だ。ハーフの父によく似ており、目鼻立ちがはっきりとした美形だ。もちろん昔から女子に人気があり、毎年バレンタインデーやバースデーには大量のプレゼントを持ち帰って来ては「かな~、お土産~」と、ほとんどを彼女にくれた。いつも花菜実を可愛がってくれて、いつも味方になってくれる。  大学時代は幸希とともに二大美男子として名を馳せたが、学部が違うため、お互いほとんど面識はなかった。  今は偶然にも、幸希の弟の篤樹と同じ海堂エレクトロニクスの技術研究所に所属し、研究開発をしている。実は花菜実に負けないくらい、水科家の人間に縁がある男だったりする。 「そちらはもしかして、デザイナーのアルフレッド・ゴスのコレクションに出ていた、モデルのSENRIさんですか?」  幸希がサングラスを外した千里に尋ねた。 「あら、私のこともご存知?」 「うちの会社がゴスの事務所と事業提携している関係で、コレクションを観に行ったことがあるんです。その時、ランウェイを歩いているあなたを観ました。最近は、アメリカのテレビドラマのレギュラーもされてますよね。映画の出演も決まっているとか」 「チェックしてくれてるのね、ありがとう」  千里は不敵な笑みともに、幸希に謝辞を返す。 「一応、仕事絡みで関係している人間については、一通り動向を把握していますから」  千里は織田家のきょうだいの中で、祖母・ソフィアの遺伝子を一番色濃く受け継いでいる。血筋的にはクォーターになるのだが、見た目はほとんどハーフと言っていい。  身長はスラリと高く、脚も長い。日本人離れした美貌とスタイルを持ち、ティーンエイジャーになるや否やモデルにスカウトされ、今や海外でも活躍している。  アメリカでのモデル活動の間に、テレビドラマのプロデューサーに気に入られ、演技の勉強を勧められた。  祖母と父から仕込まれた流暢な英語、そしてそのルックスは、他の日本の芸能人とは比べものにならないアドバンテージを彼女にもたらし、端役ではあるが単発ドラマ出演を何度も果たした。そして遂には連続ドラマのレギュラー出演を勝ち取ったというわけだ。  キャラクターや演出が斬新なサスペンスストーリーで、視聴者数が八百万人を超えたそのドラマは、セカンドシーズンの製作が既に決まっている。  千里はその中でエキセントリックな日系人法医学者の役を演じており、そのキャラクターが受け、セカンドシーズンでの続投も決まったとか。  今、アメリカで一番有名な日本人と言っていい。  日本でもファーストシーズンのドラマが放映され、またその活躍が各局の情報番組でも伝えられたため、SENRI及びセンリ・オダの日本での知名度は一気に上昇した。  今回、何とかまとまった休みが取れたため、一時帰国し、実家でニートのように過ごしているそうだ。そんな中、ちなみから花菜実と幸希のことを聞き、心配になって尚弥をけしかけ、二人を尾行していたらしい。 「ところで水科、あんたはかなとはどういう関係?」  突如として態度を豹変させ、刺々しい声音で尋ねる尚弥。 「た、ただのお友達? だよ? 尚ちゃん」  花菜実が慌てて尚弥に告げる。 「ただの友達がくちびるにキスなんてしようとするわけないでしょ、かな。アメリカでだって、たまにしか見ないよ、そんなの」  千里が心配そうに花菜実の側にしゃがみこむ。 「で? 実際のところ、どう思ってるんだよ? 水科。本心を言えよ。回答次第によっては許さないからな。かなは俺たちの大事な妹だ。泣かせるようなことは、絶対にさせない」  尚弥と千里が、二人揃って幸希を睨めつけ、牽制する。 「僕は、花菜実とつきあっているつもりなんだけどな。……当の本人はまったく自覚してくれないんだ」  幸希は美しい双子の鋭い視線をものともせず、むしろ楽しんでいるかのように、薄く笑いながらかぶりを振る。 「つきあってるつもり……ねぇ。まさか『One of girlfriends(彼女の一人)』とかじゃないだろうな? ははっ」  尚弥は目を細め、吐き捨てるように笑った。 「僕が二股をかけているとでも言いたいのか? ……この一ヶ月、この僕が自分から連絡を取り、わざわざ会いに行って、二人で出かけている女性は花菜実しかいないし、これからも彼女しかいないと断言出来る。……それを根拠もなしに疑うことは、たとえ花菜実の兄姉(きょうだい)でも許さない――」  美丈夫二人がお互いの本音を主張し、睨み合っている姿はかなり迫力があり、花菜実は圧倒された。
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