第15話

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第15話

(ひ、火花散ってる……気がする……) 「ちょ、ちょっと……やめてよ、二人とも……」  さすがに殺気はないが、二人の鋭い視線が衝突した様子は、花菜実をどきまぎさせた。どちらも怯む気配はなく、お互いの力量を探っているように見えた。そして双方がそれを楽しんでいる風にも感じられた。  寸時の後、幸希が、フッ、と視線を緩めて笑った。 「――まぁ、織田が心配する気持ちはよく分かる。僕にも中学生の妹がいるから。だけど僕には後ろ暗い部分は何一つないし、この上なく、何よりも、花菜実との時間と関係を大切にしているつもりだ。……後は、本人が自覚してくれるのを待つだけだけど……正直、待ちくたびれては、いる」  早く気づいてくれと言わんばかりに、その瞳に甘い意思を乗せて、幸希は花菜実を見つめた。 「あー……だから手っ取り早く自覚させようと、キスをしかけたわけね……」  尚弥がボソリと吐き出し、同情の眼差しで幸希と花菜実を交互に見た。 「……あなたのこと、信じていいのね?」 「水科家の名誉にかけて」  縋るように放たれた千里の言葉に、幸希は視線を寸分たりとも逸らすことなく彼女を見据え、言葉にこの上なく真率な色味を織り交ぜて宣言した。 「――だってさ、かな。今の感触からすると、そう悪くない男だと思うけど。とりあえずつきあっちゃえば?」 「勝手なこと言わないで、尚ちゃん」  そんじょそこらにはないスペックを持ち合わせる幸希を『そう悪くない』と軽く評する尚弥。そんな彼の勧めをあっさりと押しのける花菜実に、尚弥は顎を上げて笑う。 「あははは。それはかなが決めることだから、まぁいいや。ってことで……気が済んだか? 千里」 「今のところはね」 「じゃあ、俺たちは目的も果たしたし、退散するわ。何か千里のことがバレ始めてるし」  尚弥が目配せをする。辺りには若いカップルなどが立ち止まり始め、 「ねぇ……あれSENRIじゃない?」 「うそ、マジで?」 「超きれいなんだけど!」  などと話しながら、遠巻きにこちらを眺めている。携帯電話を向けている者すらいた。 「かな、私ね、しばらくは家にいるつもりだから、来月の連休には帰って来てね? 待ってるから」  千里が眉尻を下げ、手を握ってきた。 「わ、かった……」  花菜実はうつむいたまま、小声で返した。 「じゃあ、ね」 「うん」  千里は名残惜しそうに手を離すと、サングラスをかけた。 「尚弥、行こ」 「じゃあな、かな! あと水科、かなにはするなよ~」  尚弥と千里は人だかりに突入して走って行った。二人がいなくなると、そこにいた野次馬たちも散り散りになり。ベンチには、花菜実と幸希だけが残された。 「な、何かすみません、お騒がせ、して」  花菜実はペコリと頭を下げた。 「気にしなくていいよ。……あの二人が花菜実の兄姉ということには、少し驚いたけど」 「……ですよね、全然似てませんし」 「確かに、似ている、とは言い難いな」  ほんの少しだけ、ズキリと胸が痛くなる。 「昔から言われてたことですし……気にしないようにしてます」 「? 何を?」 「だから、兄はかっこいいし、姉はきれいなのに、私は全然だ、って。きょうだいの中で、私一人が浮いてるんです」  今までどれだけの人にそれを言われてきただろう。そして今回もきっと同じことを聞かされるのだろうと、花菜実は身構える。  けれど、目の前の男の口から出たのは思いも寄らない一言で。 「花菜実は可愛いよ」  声音、眼差し、そして頬を辿る指先の感触――すべてが甘く、温かかった。  ドクン、と、花菜実の心臓が跳ね上がる。 「っ、っと……気を遣ってくれて、ありがとうございます」 「気なんか遣っていない。思ったことを素直に言っただけだよ。少なくとも、僕はSENRIよりも花菜実の方が可愛いと思うし……好きだ」 「……」 (……どうして)  この人は私が嬉しいと思うことを、サラリと言ってのけるのか。  今までずっと耳を塞いで受け流してきたけれど、少しでも耳殻から手を離して彼の言葉を鼓膜で受け止めてしまうと――心にシロップを打ったように甘くとろけてしまいそうになる。  心地よい水筋に流されてしまわないよう、両足を踏ん張って耐えようとするけれど、でも。 「さっきの、織田たちとのやりとりで少しは分かってもらえたと思うけど、僕は本気で花菜実のことが好きだ。大切にしたいと思ってる。でも君の中に僕を信じきれない気持ちがあるのは、前から分かってた。だからすぐには全部信じてほしいとは言わない。少しずつでいい。さっきは『待ちくたびれている』と言ったけれど……待つから」 「み、ずしな、さん……」 「だから、花菜実の中から僕を排除しないでほしい。心の隅っこでもいいから、存在することを許してほしい。……そして出来れば、いずれは僕のことを選んでほしい」  身体がふわふわする。手をきゅ、と握られて……心臓が痛くなる。 (そんな風に言われたら……拒否出来るわけない……)  花菜実は黙ってうなずいた。    その日の夜、花菜実はちなみに今日の出来事をメッセージした。別に責めたわけではなく、あくまでも笑い話として、だ。  幸希から言われたことは黙っていたけれど。 “あはは、尚弥くんと千里ちゃんならやると思ってたよ~”  と返って来た。 (分かっててちりちゃんに教えたんだね、ちなみ……)  スマートフォンを握りしめながら苦笑う花菜実。すぐにまた通知音が鳴って。 “千里ちゃん、花菜実のこといつも心配して、私にメッセージで近況聞いてくるの。自分で聞けばいいのに、花菜実に気を遣ってるみたいだよ” 「……ちりちゃん」  大好きな姉が、いつも自分のことを気にかけてくれてる。毎日忙しくてメールやメッセージするのもままならないだろうに。  そして近況を直接花菜実に聞かず、親友を介するのは―― (私のせいだよね、ごめんね、ちりちゃん。ごめん……)  花菜実は心の中で千里に何度も謝った。
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