第45話

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第45話

 幸希は出逢った頃からずっと「好きだ」と伝え続けて、裏表のない愛を注いでくれていた。だから「愛してる」は花菜実が先に言わなきゃならないと思った。それに「自分を幸希のものにしてほしい」ではなく、「幸希を自分のものにしたい」と口にすることで、花菜実が彼を欲しているということを暗に伝えたかった。  幸希は何度も目を瞬かせる。 「――花菜実はいざという時に腹が据わっていて、それでいつも僕を驚かせてくれる」 「そう……ですか?」 「初めて花菜実に会いに幼稚園へ行った時も、園児を叱るように僕をたしなめて。あれで僕は完全に花菜実に陥落(おち)たんだ。それに今日、実家で僕を叱った時、やっぱり僕の奥さんになる女性は花菜実しかいない、って思った」 「相変わらず、喜んでいいのか悪いのか分からない微妙なコメントをするんだから……でも、ありがとうございます」  照れてうつむく花菜実の顎に手をかけ、幸希は再び彼女と目を合わせる。 「今、花菜実は『僕を花菜実のものにしていいか』と聞いたけれど」 「……はい」  花菜実の返事から数拍の後、幸希はとろけそうな瞳を惜しげもなく彼女に捧げ、 「……初めて出逢った日から、僕はとっくに花菜実のものだ。……愛してる」  甘い声音で囁き、花菜実をベッドにそっと縫いつけてキスを落とした。当然のように口はこじ開けられて、濡れた塊が奥へと差し込まれる。花菜実もそれにぎこちなくとも応えた。 「ん……」  舌が絡み合う音が静やかな寝室に響く。それがねっとり重くなった空気と相まって、花菜実の全身を覆い尽くす。  今までのどのキスよりも甘くて。けれど身体は痛いくらいに痺れて、総毛立っている。頭の奥がとろけてしまいそうなほど貪られ、酔ったように意識がゆらゆらと浮遊し始めた頃、ようやく解放された。  焦点が定まらないままの潤んだ瞳で幸希を見つめると、 「……本当に、これ以上我慢しなくていいな?」  少し掠れた声で念を押された。その双眸の奥には、今までも見たこともない劣情と色香が燻っていて。花菜実はゾクリと身体を震わせた。 「あ……一つだけ……。もう分かってると思いますが、私……初めてで……その、めんどくさく、ないですか?」  願うように問うその瞳が、不安げに揺れている。  捏造音声で偽物の幸希が「処女が面倒くさい」と発言していた。本人の意思ではないことは分かっているが、何となく心に残ったままでいたから。思わず尋ねてしまった。 「その点に関してだけは、あの男に感謝しなくてはと思っていたところだ」  幸希は柔らかく笑み、そう言った。“あの男”とは、もちろん川越裕介のことだ。要するに、花菜実に手を出さないでいてくれたことへの謝意を表している。  それを聞いて、安堵で瞳が緩む花菜実。 「そして僕はこの先、花菜実が他の男に興味を持たないよう、頑張らないといけないわけだ」  笑みを深めた後、幸希は再び花菜実にくちづけた。今度はくちびるを食むように幾度も音を立てて啄まれる。同時に、首筋をなでていた彼の手が徐々に下りてきて。彼女の薄い黄色のパジャマの肩口に触れ、鎖骨をなで、それから前身頃のボタンをすべて外していった。  布がするりと肌を滑り落ち、数時間前に買ったばかりの下着が現れる。オフホワイト地に薄いブルーのレースがあしらわれた、清楚なデザインだ。  幸希は花菜実の胸元(デコルテ)に吸いついた。チクリと軽い痛みが走る。 (あ……これって……)  思わず吸われたところに触れた。触ったところで感じるはずもないが、そこにはきっと赤い跡が残されているのだろう。 「花菜実は色が白いから映えるな」  つけた本人が満足そうにうなずいた。 「あ、だめ、です……見えるところは……っ」 「大丈夫、襟ぐりの深い服を着なければ見えない」  確かに季節は冬だし、そういう服は今は着ないけれど。幼稚園の人間に見られそうなところにだけは残さないでほしいと、切に願う。 (まったくもう……あ、そういえば、) 「幸希さん……前に別荘で、耳の後ろにもキスマーク、つけたでしょ……? あれ、尚ちゃ……兄に見られちゃったんですよ?」  花菜実が睨めつけてやんわりと責めるが、幸希は逆に嬉しそうに笑った。 「あぁ……やっぱり見つけてくれたか。あれは織田に見せるためにつけたんだから、それで正解なんだ」 (やっぱり……尚ちゃんの言ってた通りだ) 「もう……ああいうのやめてくださいね?」 「それは花菜実次第。僕にヤキモチを妬かせないでいてくれれば、しないよ」  そんなことを呟きながら、幸希は花菜実の背中に手を差し入れ、プツリとブラのホックを外した。 「あ……」  男性に裸の胸を晒すのは、もちろん生まれて初めてで。恥ずかしさで頬が染まり熱くなるのが自分でも分かった。手際よく上半身の布を全部取り去られ、思わず胸を隠そうとした時、幸希が彼女の手首をそっと掴み、それを阻止した。 「隠さないで」  白いふくらみがふるんと揺れた。 「……」  次の瞬間、幸希の動きが止まる。花菜実の胸を目にしてすぐ、視線を逸らして何かを考え込んでいるようだ。  自分の身体におかしいところでもあるのだろうか。心配になってしまう。 「こ……きさん? わ、たし……何か、変……?」 「いや……黙っていようかと思っていたけれど、フェアじゃないから、やっぱり白状する」 「は、くじょ……? 何ですか?」  幸希はわずかに逡巡した後、 「――花菜実は、あの写真が捏造だとすぐに分からなかったことを気に病んでいたけれど、気にする必要なんてまったくないんだ」  そう切り出した。 「え?」 「僕が合成だということにすぐ気づいたのは……花菜実を盲目的に信じていただとか、そんなきれいな理由じゃないから」 「? どういうこと……?」  花菜実が首を傾げると、幸希は少しの間、明後日の方向へと視線を逸らした後、 「……はっきり言えば、胸のボリュームが違いすぎた」  そう呟いて、幸希は花菜実のふくらみをそっと手中に収めた。 「っ、」  花菜実の頬がかぁっとさらに赤く染まる。それは一体どちらの意味なのだろう。 「写真の女の胸は……まぁ間違いなくAだったな」  一方、花菜実はといえばDカップだ。細身の割に意外と胸はある方だと自分でも思っている。とはいえ、今まで見せたことも触られたこともなかったのに、違いが分かるものなのだろうか。不思議に思って聞いてみると、 「分かるよ」  きっぱりと言われてしまった。 「男ならつい目が行ってしまうから。……好きな子の身体なら、なおさら」  幸希はたわやかな胸をゆったりと揉みしだきながら、呟くように告げた。 「……っ」  大きな手の中で、薄紅(うすくれない)色の胸の天辺が芯を持ち始める。そこが手の平に擦れて甘気が湧く。身体がビリビリと痺れてきた。  花菜実は目をぎゅっとつぶり、身体の中に生まれ始めた快感をやりすごそうとする。 「……あっ」  突然、先端に濡れた感触を覚え、図らずも声が上がってしまった。薄目を開いて見ると、幸希がそこを口に含んでいた。じゅる、と濡れた音を立てられたそこは、わずかに色を濃くし、彼が与える甘気を敏感に受け取っていた。 「っ、」  幸希は先端を吸い、甘く噛み、舌先で突き、指先で拉いだ。そのたびに花菜実の身躯はビクリと反応を示す。張りのあるふくらみは彼の思いのままに形を変える。 (や……声、出そう……)  甘い声を促されるように刺激を加えられるけれど、都度、くちびるを噛んで懸命に堪えた。 「花菜実、そんなに噛むと、切れて血が出る」  幸希が指先で彼女のくちびるをそっとなぞる。こもった力がわずかに緩んだスキを逃さず、再び彼がくちづけた。口の中を弄びながら、その手はやはり胸を愛撫する。 「んん……っ」  無意識に漏れた声は、幸希のくちびるに掬い取られてしまう。舌は激しく口内を舐るのに、手は優しくふくらみを包むから、そのちぐはぐな刺激に頭がクラクラしてしまう。  けれど、どちらもとても気持ちがよくて――とても甘い。
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