第49話

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第49話

「――少しずつ動くから」  小さな声で告げ、彼はそっと動き出した。それは相当ゆっくりではあるけれど、体内を行き来されるたびに引きつるような痛みが湧く。花菜実は目元を軽く歪ませた。  でも痛いことよりも、幸希と身体を重ね合わせている感触の心地よさで心が満たされていた。自分とは全然違う、大きくてしなやかで、筋張っていて硬い、いかにも男らしい体躯だ。そこから伝わる温度と鼓動を総身で感じて、緊張と幸せで心臓が壊れそうなほどに逸る。  裸の胸が彼の身体で擦れて、そこからもじわじわと愉悦が滲み出し全身に行き渡る。  幸希は花菜実のくちびるに自分のそれを重ね、吐息を掬うようなキスをした。静かに押しつけては離れ、離れてはまたくちびるを食んでくる。少しかさついたそこから伝わってくる甘い感情を余すところなく受け取ろうと、花菜実も懸命に応える。  それから少しして、ぬるりと舌が差し込まれ口腔を舐られた。すぐに彼女の舌も搦め取られる。直前の乾いたキスとは真逆の、生々しい水音を立てたねっとりとしたくちづけだ。狂おしいほどに心身をがんじがらめにしながらも、そのすべてを溶かしてしまいそうな熱いキスに、花菜実の瞳は涙の膜を張って揺れる。  その間も幸希は緩やかな動きを続けたままだ。 「ん……」 「……まだかなり痛い?」  くちびるをつけたまま尋ねられて、小刻みに首を横に振る。 「少しだけ」 「そっか」  言い残すと、幸希は身体を起こした。温もりが急に離れていき、淋しさを感じる花菜実。 「あ……」  彼女の気持ちを分かっているのか、幸希は安心させるような優しい笑みをこぼす。律動をわずかに速めると、二人がつながっている場所に触れる。 「ぁ……あっ」  めいっぱい広げられた蜜口の上の、熟してぷっくりとふくらんだ秘芯――幸希はそこに愛液をまとわせた指を乗せた。途端、残った痛みを弾き飛ばす勢いで、快感が全身を駆け抜ける。 「ゃ……っ、あんっ」 「花菜実の中が絡みついてきて、気持ちよすぎる。すぐイキそうで怖いな」  幸希が肩をすくめながら、花菜実に愛撫を注ぐ。そのたびにひくんひくんと身体を跳ね上げてしまう。 「あぁっ、んっ、や……っ」  内路は相変わらず彼の屹立で穿たれていた。外側から与えられる快感のためか、痛みはほとんど感じられなくなっている。  それを感じ取ったのだろう、幸希はまた少し動きを速めた。 「っ、……ぁ」  じわりと。花菜実の中から小さな愉悦が芽吹いた。内壁を擦られるごとに、それが少しずつ大きくなっている気がする。  彼女の表情が、みるみるとろけて色香にまみれていく。 「花菜実……可愛い」  幸希はそれを見てうっそりと呟き、片手で秘芯を弄びながら、空いている手で胸のふくらみを手の平に収めた。ゆっくりと揉みしだき、合間に先端を指先で捏ねる。 「あっ……こ、きさん……っ、……あんっ」  身の内で育ち続ける快感に抗えずに、甘い声を上げる花菜実。先ほどまで幸希の背中に回っていた手で、枕をぎゅっと掴んだ。  花菜実の裸身を貫く幸希は、打ち震える彼女のうっすらと開いた瞳を覗き込む。 「つらくない……?」 「あ……だ、だいじょ……ぶ……」 「もう少し……強くしてもいいか?」  そう尋ねる幸希の目の奥に点った火は、愛情と劣情を燃え(くさ)にして滾り、さらに匂い立つような色気を放っていた。図らずも花菜実はその濃密な瞳にうっとりと見惚れてしまい、返事をするのが数瞬遅れてしまった。ハッと我に返りこくこくとうなずくと、幸希はクスリと笑み、 「――痛かったら言って」  そう言うのと同時に、抽送を激しくした。 「あぁんっ、ゃ……っ」  花菜実の中で確実に大きくなりつつある快感は、さっきとはまた違う種類のそれで、幸希の屹立の動きに呼応するように彼女の体内を侵食する。  あれだけ苦痛をもたらした部分が、今ではその痛みを上回るほどの悦楽を生み出していて。頭の中がかき回されているように朦朧としてしまう。  つながった部分から蜜液がしとどにあふれて止まらず、ぐちゅぐちゅと音を立てている。 「あぁ……だ、めぇ……っ」  強い痺れが下肢にまとわりつき、蜜口がきゅうきゅうと中の雄を締めつける。 「っ、僕の方が痛いくらいだ、花菜実」  一瞬、幸希が眉根を寄せたかと思うと、さらに強く花菜実を突き貫いた。  花菜実の張りのある白い乳房が大きく揺れる。 「はぁっ、あっ……んっ」 「ごめん、花菜実……っ」  花菜実が恍惚にとろけた双眸を差し向けると、幸希は眉尻を下げてガツガツと貪るように彼女を穿った。彼の口から出た謝罪の声音には、いつものような余裕がなかった。息を荒らげ、花菜実の脚を掴み、彼女の秘部に腰を打ちつける。  肌がぶつかり合い、蜜がかき混ぜられ、嬌声が鼻腔から抜け、喉の奥から唸るような声が漏れる――二人が奏するありとあらゆる淫らな音が綯い交ぜになって響き、溶け合い、室内の空気を官能の色に染め上げる。  それが息苦しくなるほどに濃くなった頃―― 「ああっ、あ、あ……んんっ」  頭の中が真っ白になった。気の遠くなるような快感に、もう何もなすすべはなくて。ただただ自分の媚肉が、銜え込んだ肉塊を引き絞るように収縮するのを、痺れる心身でもって感じるしかない。 「っ、は……っ」  その波に巻き込まれた幸希は眉をひそめて、花菜実の秘裂に幾度か腰を押しつけ、全身を震わせた。  やにわに訪れた静寂が濃厚な空気を薄めていく。同時に、幸希が大きく息を吐きながら花菜実の上に身体を預けた。上下する胸や汗の感触でさえ、今の敏感な彼女の肌には軽い愛撫となる。 「ん……」  彼の重みがとても愛おしくて、目を閉じて感じていると、ふいにくちびるにキスをされた。まぶたを開くと、ほんの少しばつの悪そうな顔が見えた。 「最後……理性が吹き飛んでしまった。ごめん、優しく出来なくて」  花菜実の前髪を整えながら、幸希が謝罪の言葉を口にした。 「そんなことない……。幸希さん、優しかったですし……あと……気持ちよかった、です」  少し恥ずかしかったけれど、本当のことを伝えた。はにかんだ花菜実を見て、幸希は目元を甘く緩めた。 「……本当に?」 「ほんとです。最初は痛かったけど、初めてなのにあんなに気持ちよくなるとは思わなかった……幸希さんが上手だったから?」  唐突な問いに幸希は一瞬目を丸くし、それからクスクスと笑いこぼした。 「……だといいけど」 「幸希さん……」  花菜実がぎゅっと抱きついた。脚を彼の腰に絡め、肢体を密着させる。全身で好きという気持ちを伝えた。幸希はそれに応えるように、彼女の顔にいくつものキスを落とす。 「――こうしてずっと花菜実の中にいたいけど……さすがに今日はもうやめておこう。花菜実は初めてだし、疲れているし」  大きな身体がそっと離れていく。体内から彼自身が出ていく時、下腹部にほんの少し痛みを感じたけれど、それすら幸せだと思えた。彼は避妊具を始末すると『少し待ってて』と言い残し、ベッドを降りて部屋を出て行った。  ふわふわとした夢うつつな気持ちのままベッドの中でまどろんでいると、かすかに目尻に残っていた涙が頬を伝う。それを拭おうと手を顔の前に持って来た時、花菜実は目を見張った。 「あれ……これ、血……?」  爪の中が赤くなっている。しかもほぼすべての指の爪がだ。どうやら血のようなものが入り込んでいるらしい。 「どうして……?」  ケガでもしたのかと両手を裏返したりしてみたが、どこにも傷などない。 「あぁ……多分、これだ」  下着姿で戻って来た幸希は、ベッドの縁に座って花菜実に自分の背中を見せた。見ると、両肩の下辺りがところどころ赤黒くなっている。 「え? それ……私……?」  そこには、花菜実が必死で爪を突き立てて掴んで食い込んだ跡が残されていた。血も滲んでいる。もちろん、彼女が処女喪失の痛みに耐えながら幸希を受け入れた時の名残りだ。あまりの苦痛に、半分我を忘れてこんなことになってしまったのだろうが、本人はまったく覚えていなかった。 「ごっ、ごめんなさい……っ。痛かったでしょう?」  だから彼はあの時、痛々しげな表情をしていたのかと、それだけは今気づいた。 「大したことないから大丈夫」 「で、でも、血が……」  花菜実はくしゃりと眉を歪め、幸希の傷にそっと触れる。 「出血なら花菜実の方が酷いんじゃないか?」  どことなく意味ありげに紡がれた言葉に、彼女は一瞬首を傾げる。 「……あ」  数呼吸の後、幸希の言わんとすることに気づいたのか、花菜実は目を見開いてガバッとかけ布団を剥いだ。 「あぁ!」  薄いブラウンのボックスシーツの上に、ところどころ薄く血の跡がついている。花菜実が心配していたシーツは、彼女の愛液どころか破瓜の血までをも吸っていた。 「あのっ、私……新しいの買いますから……っ」  花菜実はあたふたしながら、そう告げる。 「そんなことはいいから。シャワーを浴びに行こう」  幸希が笑いながら、手にしていたバスローブを彼女に手渡した。
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