第5話

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第5話

「や~、遂に野上(のがみ)さんとつきあうことになったか~。よかったねぇ、ちなみ」 「……ありがと、花菜実」  おしゃれな白い皿の上に乗っているのは、タルトフロマージュ・ポム――つまりはリンゴのチーズタルトだ。花菜実はそれを幸せそうな表情で口に入れる。  彼女の前に座っているのは、友人の栗原(くりはら)ちなみだ。二人は中学生の頃からの親友で、昔は『ちなかなコンビ』と周囲から呼ばれていた。  高校も同じところに通っていたが、卒業後は花菜実は幼稚園教諭、ちなみは看護師を目指した。そして勤務先がたまたま二人とも桜浜市になり、住んでいる場所もそう遠くはないので、こうして時間が出来ると会っている。  二人とも昔からケーキが大好きで『ケーキ同好会』を結成しているが、今のところメンバーは二人だけだ。美味しい店を探してはお互い情報交換し、一緒に食べに行ったりしている。  今日は以前ちなみが見つけた東京の洋菓子店に赴き、そして今は二軒目の店でイートインしていた。 『Villa(ヴィラ) Belza(ベルザ)』は、二人が一番好きな洋菓子店だ。店の雰囲気、ケーキの見た目、味、すべてが花菜実たちの好みに合致する。  新しい店を探索した後は、必ずと言っていいほどベルザに立ち寄ってしまう。そして、最終的には、 「やっぱりベルザが最高だね」  と、語り合うのだ。  何よりこの店で特筆すべきなのはパティシエだ。野上(のがみ)(とおる)という男性で、とてもケーキ作りを職業にしているとは思えないほどの見た目をしている。サーフィンが趣味というだけあって、日焼けした肌と髪、そしてワイルドな美貌を備えていた。  世界的なパティスリーコンテストに日本代表の一人として出場し、優勝したこともある。そのためか、一時期はメディアにも露出していたが、本業がおろそかになってしまうことを恐れ、以降はコンテストにもメディアにも一切出なくなった。  繊細で女性ウケする甘さ控えめな洋菓子と、作っている本人とのギャップが多くの女性客を虜にしている。その一人がちなみだ。初めて来店して以来片想いをしており、野上が掲載された雑誌をスクラップして大切にしていたほどの熱の入れようだった。ずっと秘かに想っていただけだったが、彼女が勤務している病院に野上が入院したことがきっかけで距離が縮まり、つきあうことになったらしい。  今日その報告を受けた花菜実は、自分のことのように喜んだ。自分からガンガン押していけるタイプではないちなみなので、どうなるか心配していたのだ。  控えめな可愛らしさを持つちなみは、野上と案外合っていると花菜実は思う。 「いらっしゃい、お二人さん」  二人のテーブルに、野上がやって来た。白いコックコートと日焼けした肌のコントラストがとても眩しい。 「あ、こんにちは、野上さん。ちなみのこと、これからもよろしくお願いしますね」  野上に向かってペコリと頭を下げる花菜実。 「ありがとね。花菜実ちゃんがいろいろアドバイスくれたから、ちなみちゃんを俺のものにすることが出来たよ」  野上は花菜実に対する礼を口にしながら、ちなみを見つめた。その眼差しは直視し難いほど甘く蕩けている。 「おっ、俺のものって……!」  彼の言葉を聞いた途端、ちなみが頬を真っ赤にしてあたふたし始めた。昔から純情でこういうことに慣れていない彼女は野上の一挙手一投足にいちいちこういう反応を見せているのだろう。野上の方もそれを楽しんでいるように見える。その笑みは、いつも店で見かけるような営業用のものではなく、愛しい女性にしか向けない甘みを帯びているからだ。 「ははは。だって、俺のものだろ?」  慌てふためくちなみに対し、三十路の野上は年上の余裕を見せている。その対比がまたいいな、と、花菜実は口元を緩ませる。 「野上さん。ちなみを照れさせるのは一向にかまいませんけど、泣かせたら私が許しませんからね!」 「了解しました。……花菜実ちゃんは? 彼氏出来た?」  野上が探るように花菜実を見る。 「私は全然です。出会いもないですし、もう一生独身かも-」  おどけたようにくちびるを尖らせる。 「じゃあ、俺の知り合い紹介しようか? いいやついるんだよ。合コンでもする?」 「いいですいいです! 野上さんの知り合いなんて私じゃ釣り合いませんから!」  花菜実は両手を振って辞退する。以前ベルザでイートインをしていた時、野上の友人という男性が彼を訪ねて来たことがあった。一瞬目が合って会釈はしたが、その人物もまた目の覚めるような美形だったので、 『イケメンの周りにはイケメンが集まるのかしら……』  と、感心した覚えがあった。 「そんなことないと思うけどなぁ……なぁ? ちなみちゃん」 「うん。花菜実可愛いし、いい人すぐ見つかると思うけどな……」  首を傾げて尋ねる野上に、うなずきながら同意するちなみ。そんな二人を微笑ましく思いながら、花菜実は苦笑する。 「私のこと可愛いなんて言ってくれるの、家族とちなみくらいだよ~」 「俺も花菜実ちゃん可愛いと思うよ? ……あ、でも俺にとって一番可愛いのはちなみちゃんだけどな」 「はいはい、ごちそうさまです。これからこんな惚気を毎回聞かされちゃうのかなぁ?」  花菜実は大げさに頬を膨らませ、チラリと野上を見る。 「じゃあ、惚気を聞いてもらったお礼として、花菜実ちゃんの好きなオペラ出してあげちゃおっかな~」 「ほんとですか!? わ~い! やったぁ!」  野上が腰に手を当てて放った一言に、花菜実は両手(もろて)を上げて喜んだ。オペラは彼女にとってヴィラ・ベルザで好きなケーキベストスリーに入るほどのお気に入りだからだ。 「花菜実ちゃんにイケメンの彼氏が出来るよう、俺が心を込めてケーキとフルーツの盛り合わせを作ってあげよう」  ニッコリと笑い、野上はきびすを返して厨房に戻って行った。 「あはは、ありがとうございま~す! ……野上さんいい人だぁ。ちなみ、ほんとよかったね!」 「花菜実にとっては、ケーキをくれる人はみんないい人なんでしょ?」  ん? と、ちなみがいたずらっぽく笑う。 「……バレちゃった?」  舌を出す花菜実に、ちなみが柔らかく笑う。そして、 「花菜実はさ……最近ほんとに可愛くなったと思うの。特にそうやってケーキ食べてる時の顔とか、すごく幸せそうで……見てるこっちまで幸せになる。野上さんが花菜実のこと可愛い、って言うたびに、私、ちょっと嫉妬しちゃうもの」  呟くようにそう言い、目の前のミルフィーユにフォークを入れた。 「……ありがとう。ちなみにそう言ってもらえると嬉しいよ。でもちなみの方がもっと可愛くなったと思う。やっぱり野上さんのおかげかな?」  背中まである髪は以前よりもつやが増しているし、表情も柔らかくなってますます愛らしくなっている。フェミニンなワンピースだって彼女を甘く引き立てていて。 (どこからどう見ても可愛いし! ……これは野上さんだってメロメロになるよねぇ) 「恋ってすごいなぁ……」  花菜実はボソリと呟いた。
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