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第7話
「翔くんは爬虫類が一番好きなんですが、さすがに生き物は贈れませんし……そうなると、やっぱり『りゅううさ』グッズですかね……」
呟きながら、店内を見回す花菜実。
「『りゅううさ』って、アニメの……?」
「えぇ、すごく人気あるんですよ。ご存知なんですか?」
幸希の『りゅううさ』を知っているような口振りに、花菜実は意外と言いたげな表情で彼を見る。
「あぁ、うちの妹が作者と知り合いなんで、名前だけは知ってる」
「え、そうなんですか? すごい」
素封家はそんな方面にまでつながりがあるのかと、花菜実は感心した。
『りゅううさ』とは、正式名称を『もこもこりゅうととんがりうさぎ』と言う。絵本を原作としたメディアミックス作品で、現在放映されているテレビアニメは今や国民的人気を誇っており、劇場版も何度か製作されている。
翔は両親や依里佳と一緒にアニメを毎週観ているし、劇場版も何度も観に行くほどの大ファンで、花菜実もそれは把握していた。幼稚園では他の子供たちと『りゅううさ』の話題で盛り上がったりもしている。
また、翔は無類の爬虫類好きで、園でもよくお絵かき帳にイグアナやカメレオンの絵を描いている。それ以外には戦隊ヒーローものや教育テレビもとりあえず押さえてはいるらしいが、特に好きなのはやはり最初の二つらしい。
今、二人が来ているのは玩具店だが、いわゆるベタなおもちゃ屋ではなく、雑貨などが売り場の多くを占めているような、大人も利用するショップだ。『りゅううさ』に関しては、ぬいぐるみや弁当箱、タオルや食器などの関連グッズも数多く取り揃えられている。
「正直、どれを選んだらいいのか皆目見当もつかないんだ。君が翔くんに贈るならどれにするか、そんな感じで選んでもらえるとありがたいな。予算は――」
幸希はすべてを花菜実に任せると言い、彼女の後をついて行くことにしたようだ。全権を託された花菜実は、幸希の存在を忘れたかのようにプレゼント選びに集中し始めた。あれでもない、これでもない、と、ブツブツ口篭もらせながら、売り場から売り場へと渡り歩く。
「あ、これ可愛い」
カメレオンのぬいぐるみを見つけたので、思わず両手で掲げる。手触りが柔らかく、色も玉虫色のようなきれいな模様をしている。
「どうでしょう?」
後ろに立っていた幸希へと振り返り、カメレオンを目の前に差し出した。
「――うん、可愛い」
「ですよね? 一つ目はこれにしましょう。翔くんはああ見えて、ぬいぐるみとか好きなんですよ?」
満足げにうなずくと、花菜実は手にしていたぬいぐるみを幸希に渡した。するといきなり彼が吹き出した。
「ん? 何ですか?」
「……何でもない」
そう言いながら、ニコニコと笑うのをやめない幸希に、
「何でもないのに笑ってたら、変な人だと思われますよ?」
花菜実は訝しげに彼の顔を見上げて言う。
少しの間の後、幸希はふいに彼女の髪に手を伸ばし、触れた。
(っ、)
あまりにもその指の感触が柔らかくて、一瞬、身体が震えた。肩まで伸びた煉瓦色の髪が一緒に揺れる。彼の手の温もりが、髪を通して身体に入り込んだ気がして。
花菜実の心に、ほんの少しだけ動揺が顔を見せた。
「な、何ですか?」
「多分、ぬいぐるみの綿じゃないかな。髪についてた」
幸希が手の平を差し出すと、そこには白いふわふわした何かがあった。
「あ、りがとうございます……」
「君の髪の色、少し変わってるね。染めてるの?」
その質問に、花菜実の心はまた動揺を見せるが、すぐに持ち直し、
「私、こう見えて実はクォーターなんです。父方の祖母がカナダ人で。だから、私は顔は普通に日本人顔ですけど、髪の色だけが祖母の遺伝で元々こんな色なんです」
と、自ら毛先を摘んで持ち上げた。
花菜実の祖母は英語教師として来日し、祖父と出会って結婚した。二人の間に生まれたのが、父の健一だ。祖母は長い赤毛をいつもきれいに結っていた。それを見て、花菜実は自分もいつかきれいな赤毛になりたいと思っていたが、そこまで赤くなることはなかった。それでも日本人にしてみればイレギュラーな髪の色だ。
兄と姉は割と普通の茶髪だが、花菜実だけが赤みの強い、煉瓦のような色合いになっている。
「へぇ……きれいな色だ。光に透かすと赤みが強くなって……君によく似合ってる」
中学・高校時代は染めていると思われ、美容院で証明書を作ってもらって提出していた。社会人になった今は、さすがに言われなくなったし、むしろ「茶髪に染める必要ないからいいよね」なんて、羨ましがられたりする。
けれど「似合っている」と言われたのは、実は今日が初めてだ。元々が童顔なので、どちらかと言えば黒髪の方が似合うと言われてきた。
(見え透いたお世辞には、騙されないんだから)
「褒めたところで、何も出ませんからね」
花菜実は目を細めて幸希をチラリと見た。
それからもプレゼントは着々と選ばれ――最終的には豪華なフルーツの籠盛りのような見た目のギフトとなった。
「選んだ私が言うのも何ですが、素敵なプレゼントになりましたね」
誇らしげに笑う花菜実。我ながら申し分ないチョイスが出来たと思う。充実感でいっぱいだ。
「ありがとう。本当に助かったよ」
プレゼントを抱えた幸希も満足したようで、花菜実はホッとした。
「気に入ってもらえるといいですね」
「あの子をよく知る君が選んだんだ、間違いなく気に入ってもらえる。――それじゃあ、夕食に行こう。お礼におごらせてほしい」
「いえ、そんなことはいいですから」
胸の前で手を振り、彼の申し出を辞退し……ようとしたのだが。
「実は君がプレゼントを選んでいる間に、レストランに予約を入れておいたんだ。『オルジュ』という店で――」
その店の名前を聞いた瞬間、花菜実の身体がピシリと音を立てて固まった。
「……『オルジュ』って、あの、フランス料理レストランですか?」
「そう。知ってる?」
「あの、予約が全然取れないお店ですよね? そんなにすぐ席が確保出来るんですか? どうして?」
「あの店は僕の従兄が経営してるんだよ。だから多少無理が聞く」
「そ、そうなんですか……」
『オルジュ』は、比較的リーズナブルな値段で美味しい料理を出すと評判のフランス料理レストランで、予約を入れるのが困難な人気店だ。実はここはデザートのケーキが美味しいことでも有名で、花菜実は一度は行ってみたいとちなみと話していた。けれど何分予約が取れないので、今まで手が届かない存在だったのだ。
「うぅ……」
どうしてこうも、この男の思惑通りにことが運んでしまうのか……何だか腑に落ちないし、悔しくなる。しかし、この機会を逃すとオルジュのケーキにありつけるのはいつになるか分からない。もしかしたら一生ないかも知れない。花菜実の中で、プライドとケーキが天秤にかけられ――それはすぐにカタン、と傾いた。
目の前にオイシイごほうびをぶら下げられ、食いつかない理由があるだろうか。
(……いや、ないです)
花菜実は遠い目をして心で呟いた。
「じゃあ、行こうか」
幸希がこの上なく優美な笑みでもって、彼女をエスコートした。
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