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第1話
抜けるような秋晴れの中、園児たちの歓声と軽快な音楽が交じり合う。時にはスターターピストルの破裂音が場に緊張感を与える。
普段ならゲートボールに勤しむ老人たちで賑わう日中の公園が、一年に一度、この日だけは幼子たちの熱気で溢れ返る。
さくらはま幼稚園の運動会は、毎年、園に隣接している公園を借り切って開催されている。広々としたグラウンドには保護者がタープを張っても邪魔にならないほどのスペースがあり、ゆったりと過ごすことが出来る。
中には親戚縁者が集まり、ちょっとした宴会感覚で盛り上がっている家族もいるほどだ。
今年もおあつらえ向きとばかりに雲一つなく晴れ渡った。予定通りに開催された運動会はさしたトラブルも起こらず、つつがなく進行した。残るはクラス対抗リレーのみだ。
年中ひまわりぐみの担任、織田花菜実は入場門手前で、自分のクラスのリレー出場園児に囲まれていた。
「みんな、練習どおりにやれば大丈夫だからね! もし転んじゃっても大丈夫だから、落ち着いていこうね!」
握りこぶしを上下に振りながら力説する花菜実は、むしろ園児よりも緊張しているように見受けられた。子供たちは皆、早く走りたいとばかりにピョンピョンとジャンプしながら花菜実の話を聞いていた。
リレーの選手は全員クラスカラーのゼッケンを身に着けている。ひまわりぐみはオレンジ色だ。しかし唯一、ゼッケンではなく同じカラーのビブスを着用している園児がいた。
「かなみせんせい! おれね! 一いになったら、おとうさんがごほうびくれるんだって!」
選手の一人である蓮見翔が、アンカーの証であるビブスの裾を手でひらひらさせながら目を輝かせている。
「ほんとに? すごいね~。でも翔くんのお父さんだったら、頑張ればきっと何位でもごほうびくれるんじゃないかな?」
翔はひまわりぐみでは一番走るのが速い。だから個人のかけっこでも一位を獲っているし、リレーの選手を決める時も迷うことなくアンカーに据えることが出来た。
いつも明るくて誰とでも仲良く出来る、可愛らしい子だ。
「そうかなぁ? ……あ、おとうさん!」
翔が指差す方向に顔を向けると、トラックから少し離れた斜面で、翔の父がビデオカメラをこちらに向けていた。
「翔~! 頑張れ~!!」
父親の隣では、母親が声を張り……そして、
「翔~!」
翔の叔母の依里佳が、目尻を下げながら一眼レフ片手に手を振っていた。
「ほら、依里佳お姉さんも応援してるよ。頑張ろうね、翔くん」
依里佳は独身で翔家族と同居しており、甥っ子を我が子のように溺愛している。園の行事には保護者の一人としてほぼ皆勤賞で参加しているので、もちろん花菜実とも顔見知りだ。年も一つしか違わないので、時には軽く立ち話をすることもあった。
「翔くん、今日はたくさん応援が来てるんだね~。みんな家族なの?」
花菜実は翔の家族と思しき集団を見て、目を丸くした。彼女が認識している家族の他に、三人ほどが一緒になってこちらを見ていたからだ。
「えっとねぇ……おとうさんと、おかあさんと、えりかと、あつきと、あと、こうきと、ミッシェル!」
話を聞いたところによると、彼らはどうやら依里佳の友人たちのようだ。何故か翔の運動会を見たいと言うメンバーが集まったらしい。その面々というのが、誰一人漏らさず美形だったのにはまた驚きで。
翔を含めた蓮見一家は、元々園の父兄や職員の間では美男美女ファミリーとして有名だったのだが、彼らに同行していた友人までもが揃って美しい容姿を備えていて。そこだけが華やかなオーラに包まれており、周囲の保護者、そして園の職員までをも魅了していた。スマートフォンでこっそり撮影している者さえいた。
「美形一家だよねぇ」
「すごいキラキラしてる」
「え、あれ誰の家族?」
などという声が、そこここから聞こえてくる。
(確かに美形ばかり揃ってるなぁ……)
見惚れはしなかったものの、花菜実も翔の家族友人の美形率一〇〇パーセントという驚異的な数字に驚いていた。
「かなみせんせい、あれ、えりかのかれしだよ!」
『彼氏』という言葉の意味を知ってか知らでか、翔は依里佳の傍らにいた男性を指差した。
「へぇ~、そうなんだぁ。わぁ、かっこいい人だね~」
(ちょっと怖そうだけど……)
隙のない顔立ちで威圧感を覚えるが、そんじょそこらでは見かけることの出来ない美丈夫であることに変わりはなく。依里佳とは美男美女カップルでお似合いだな、と花菜実は感心した。
ただ、他の保護者や職員とは違い、花菜実は容姿端麗な人間を見かけても決して色めき立ったりはしない。あくまでも情報として処理するだけだ。
今も、周囲を圧倒するような美形集団を目の当たりにしたところで、
(すごいなぁ)
くらいにしか思っていなかった。
「――いよいよ最後の競技となりました。プログラム二十五番、園児たちによるクラス対抗リレーです。まずは年中さんから――」
プログラムを告げる放送が耳に飛び込んで来た。
「……よし、みんな! 出番だよ! 頑張ろうね!」
花菜実はにっこり笑って子供たちを先導し、トラックへと入って行った――その姿を、隙のない面差しに甘さをまとった表情で見つめている人物がいたなんて、気づきもせずに。
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