最初

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最初

 パチッと周りが点いた。  それまで自分が暗闇の中にいたことも、その時初めて知った。  「こんにちは、イウ」  イウ、それが自分の名前だってなぜかわかった。  呼ばれて、声が聞こえて、瞳の焦点を合わせると、正面にひとの顔があった。ひとの顔だってことは、後から思った事なんだけれど。一人の男の人が、こっちを、イウを覗き込んでいた。フワフワした黒い髪。緑の瞳。その人の声、響きの良い声。その声は知っていた。  「僕のこと見えてる?」  その人はイウの目の前で、左手を振った。聞かれたことが分かったっていう答えに、イウは頷いた。でもなんで聞かれたことが分かったんだろう? そんなふうに思ったのも後からだった。  「大丈夫のようね、入れたナノマシンは順調に働いているわ」  横から暖かい声がして、声につられて、首を回してイウはそっちを見上げた。まん丸い顔の女の人がいて、イウを優しい目で見おろしていた。  「カメラとの同期もできているし、問題はなしですね」  「ドクター。この子に入れたナノマシンの働きは?」  イウの目の前にいる男の人が、その女の人を見上げた。  「日常生活の基本と、発声の焼き付け、そして視野の確保、です。モニターした限りすべて順調ですわ」  「そう、よかった。じゃあこの子は、普通の人間並みに生活ができるんだ」  男の人はふっと顔の力を緩めた。  「ええ、そうですね。ただ自分の意思を示せるのは、もう少し先になると思いますが」  「でもどうして、今ナノマシンを入れたりしたんですか? 中央都についてからでもよかったんじゃないですか?」  二人が話している間に、イウは今いる〈部屋〉の中をぐるっと見た。〈壁〉、つるっとしていて〈白い〉。〈床〉、これも〈つるっと〉してるけれど〈茶色〉。〈天井〉、白くて〈光って〉いる。〈扉〉、これも茶色。〈四角〉がいっぱいの部屋の中には、〈机〉が一個置いてあるきりで、イウと男の人とドクターって呼ばれた女の人の三人しかいない。イウは〈車椅子〉に座っていて、その前に男の人が屈んでいる。ドクターはイウの隣に立っていた。  「その説明は、シベルベルル隊長がしてくださると思うわ。そのうち来るはずですから、その時に聞いてください」  「はい」  男の人が答えて、そのすぐ後に扉の隣にある、モニターが光った。  「レットとイエロです。帰還しました、入るッスよー」  「どうぞ」  ドクターが答えると、扉があいた。  「お帰り、二人とも」  扉から入って来たのは、男の人と女の人だった。その時はまだ、二人とも知らないひとだった。その二人の歩き方、男の人が〈猫背〉でひょこひょこと歩くのに対して、女の人が背筋をすっと伸ばしてあたりを見下ろすように歩いているのが、イメージに強く残った。二人とも〈灰色〉の〈作業着〉を着ていた。  「フルー。ドクター。ただいま。あれ? シベルベルル隊長は?」  猫背の男の人は部屋の中を見渡した。  「まだこちらには来てないわ」  ドクターが答えて。  「ふーん……。て、あり?」  「その子、《荷物》の一人よね? どうして、外に出したりしたの?」  男の人と女の人は、イウを見て驚いたようだった。  「それはこれから話す」  低い声が聞こえて、開きっぱなしの扉から背の高い男の人が現れた。四角い大きめの〈鞄〉を手にしていて、その人が入ってくると戸が閉まった。  「シベルベルル隊長」  イウの車椅子の前にかがんでいたフワフワの髪の男の人が立ち上がり、背の高い男の人に声をかけた。  「久しぶりだな。フルー、レット、イエロ。早速報告を」  部屋の真ん中まで歩いてきて鞄を下におくと、シベルベルル隊長は、フワフワの髪の男の人、女の人、猫背の男の人の順に顔を向けた。でも視線を合わせたのは、猫背の男の人とだけだった。  「四月二十二日、午後二十時三十分。ミッション・ナンバー百十六、詳細報告しまーす。  目標の義肢工場の破壊は成功。ただし、所長のメコミネ=プカニユグの殺害だけは実行できませんで。逃しちまいましったッス」  猫背のイエロさんが言った。続けてふわふわの髪のフルーさん。  「目的の《荷物》はすべて回収。ローズガーデンに引き渡し済みです」  「それは確認している。まあ、作戦は成功といえるな」  「いいえ。まだよ。メコミネ=プカニユグが残っている」  半眼の女の人ーレットさんが誰とも視線を合わせず言って、シベルベルル隊長がちょっと笑った。  「完璧主義者だな。だが、些細なことだ。気にしなくていい」  「機会があったのに逃したのが悔しーんだろ」  イエロさんがくくっと喉を鳴らした。レットさんはそんなイエロさんを睨みつけた。  「あんたは平気なの? あんなに近くにいたのに」  「作戦は終了だ。レット、もう忘れろ。もし、暗殺する必要があるなら、また別の部隊が出る」  「では、報告はこれで終わりです。……それでこれが今回の作戦の報告書です」  かなり厚い紙の束をフルーさんがシベルベルル隊長に渡した。シベルベルル隊長はその報告書をちらっと見て机の上に置くと、言った。  「よし。これにてお前たちのミッションその一は終了。ご苦労だったな」  「ミッションその一? またすぐ次の作戦があるんッスか?」  「作戦というよりは休暇に近いがな。イエロ」  「休暇?」  イエロさんが首をかしげた。  「そうだ。お前達三人には、その子を連れて、この属州を回れとのソード総帥達からの命令だ」  「なぜッスか?」  イウを見てイエロさんは顔をゆがめた。今ならわかる、イエロさんは困惑したんだ。  「次の次の作戦のため、だ」  「オレ達にもまだ秘密なんッスか?」  「ああ、後のことは考えず休暇を楽しめ」  「おもりが必要な女の子ぶら下げて?」  「そうだ」  「今から中央都に送っちゃった方が安全じゃないッスか? 他の子は中央都におくるんッスよね?」  「まあな。だが、ソード総帥達はその子にここ、属州にいてほしいらしい」  「はぁ」  曖昧な返事をイエロさんはした。  「それが命令なら従います」  「無論です」  でも、フルーさんとレットさんはきっぱりと言った。  「イエロ、納得はできんかもしれんが、命令だ」  「了解っす」  投げやりな調子でイエロさんはそう言って、上着のポケットに手を突っ込んだ。  「では、次の作戦に必要なものはその机の上にある」  机の上には箱が四つ並んでいた。それぞれの名前が書かれた箱を、フルーさんとレットさんとイエロさんが開けた。  「新しい顔と、住民カード、携帯型情報端末、網膜認証偽装用のコンタクトレンズ。それにお前たちの詳しい人物設定だ」  シベルベルル隊長が言って、三人が箱の中身を改める。  「オレは、ヤンテ=ハネンタピヤって名前だ。レットは?」  イエロさんがレットさんの持っている小さなカードを覗き込んだ。  「レキサ=ギョツチョツ」  「ふーん、レキサね。フルーは?」  「ミノト=ゼノムーガワだって」  「ミノト、レキサ、ヤンテ、か。忘れないようにしないとな。じゃ、顔変えますか」  ヤンテさんはそう言って、箱の中から銀色の板みたいなものを取り出した。くの字に曲がっていて、人の顔ぐらいの大きさの、ちょっと分厚い板だった。  「今度はどんな顔かな? えーっと鏡」  ミノトさんが何かを探すような顔をして周囲を見渡した。  「はいこれ」  ドクターが白衣のポケットから折り畳み式の薄い板を取り出し、ありがとうございますとミノトさんが言って、机の上に鏡を立てた。  「最初はだれが変える? レキサさん? それともヤンテ?」  「いつもの通りこれで決めようぜ。ミノト、レキサ」  ぐっと拳を握りこんでヤンテさん。  「わかったわ。ヤンテ」  レキサさんがそういうと三人は丸く輪になった。  「最初はグー」  『じゃんけんぽん!』  「あ、勝った。僕が一番だね」  「ちえ、レキサ。最初はグー」  『じゃんけんぽん!』  「あたしの負けね」  「オレ二番~」  三人がやったのはじゃんけんだって、後で知った。でもそれは痛い記憶だ。今はまだ思い出したくない。  「今度はどんな顔かな?」  「早速変えてみ、ミノト」  ミノトさんが頷いて、箱の中から出した銀色の板を顔に押し当てた。十秒ぐらいそうやっていたんだと思う。しばらくするとピーンと音がして、銀色の板の上に、一本の光が走った。  ミノトさんが銀色の板を顔から離した。  「どう? レキサさん、ヤンテ」  そう言ったミノトさんの顔はさっきと違っていた。そう気づいたのも後からだけど。でも、その顔はよく知っているものになるんだ。  「うーん、やっぱりふつーの顔? じゃねミノト」  「ふつーの顔じゃわからないよ、ヤンテ」  「そう? あたしは感じいいと思うけど」  「ほんと? レキサさん。鏡、鏡、うん。良い顔じゃないか」  鏡を見てミノトさんは、さっきとは違う顔で満足そうに笑った。  「次はオレの番」  ヤンテさんも銀色の板を顔に押しつける。ミノトさんと同じように十秒ぐらいしたら音がして、銀色の光が光った。そして、ヤンテさんの顔も変わっていた。  「どうよ。レキサ、ミノト。オレの新しい顔」  「まあ、替わってるのは確かね。ヤンテ」  「レキサ。なんだよその感想は! えー、そんなに変な顔なのかよ、どうだ、ミノト」  「鏡見て自分で確かめなよ、ヤンテ。僕はそんなに悪くないと思うけど?」  「鏡よ鏡、鏡さんっと。う、やっぱふつーの顔だ」  鏡を覗き込んだヤンテさんが顔をしかめて、レキサさんが鼻で笑った。  「その感想おかしいわね。ヤンテ」  「他になんて言えるんだよ! あーあ、一度でいいから、シベルベルル隊長みたいなちょー美形になってみたい!!」  「ヤンテ。なに馬鹿言ってるのよ?」  そのレキサさんの言葉は、なんだかとても寒かった。  「ちょっとだけやってみたいんだよ、やればできるはずなんだ。だから、いいじゃんかよ言うくらい」  「ちょー美形もそれなりに大変だと、知っている人間のいう事とは思えないな」  今まで黙っていたシベルベルル隊長が静かに言った。  「まあ、そうですけどね。でも夢見たっていいじゃないッスか。せっかくこんな顔を変えられるなんて能力追加してるんッスから。  レキサ、てかお前も早くしろよ!!」  頬を膨らませて、ヤンテさんが答える。レキサさんは半眼のままで、ひょいっと肩をすくめた。  「怒鳴らなくても分かっているわ」  レキサさんも銀色の板を顔に当てる。また音がして、光が板の上を走った。  「どう? ミノト、ヤンテ」  「うん。大丈夫だと思うよ。レキサさん。人混みに紛れるちょうどいい顔だ」  「そう? なら良かった」  鏡を覗き込んだレキサさんは微かに笑った。  「なんか冷たい顔だよな。ま、レキサにはあってっか」  作業着のポケットに手を入れて、ヤンテさんが呟いた。  「それが終わったら、網膜偽装用のコンタクトレンズも入れてしまえ。その子にはもう入れてあるんだろう?」  「はい、シベルベルル隊長。この子の偽装は終っています」  ドクターはイウを見た。今も分からない、偽装って何のことだったんだろう?  そのそばで、ミノトさん達三人は、かわるがわる鏡を覗き込んで、目に何かしていた。そして。  「こっちの箱は何ですか?」  ミノトさんが最後の箱を見た。  「その子の分だ。イウ=ゼノムーガワ」  「僕の苗字と同じですが?」  ミノトさんが箱から出した小さなカードとイウを順番に見ながら言った。  「そうだ、ミノト=ゼノムーガワ。お前の兄妹ということにしてある」  「僕の妹」   しばらく何か考えているような顔をしてから、ミノトさんはイウを覗き込んだ。その時には瞳の色が黒くなっていた。  「よろしくねイウ。僕は君のお兄ちゃんだよ。ミノトお兄ちゃんさ、ほら言ってみて?」  「……おにいちゃん……」  口を動かすと声が出た。口を動かすと声が出るってことどうして知っていたのか、その時のイウには分からなかった。  「よく言えたね」  ミノトおにいちゃんが優しい顔で微笑んだ。そして、イウの頭をポンポンっと優しく叩いてくれた。  「へー、喋れるのか」  「この子のヘッドセット、カメラがついてる。あたしたちのことも見えてるの?」  ヤンテさんとレキサさんがイウのことを覗き込んだ。  おかおがちかい。  「ええ、今はまだ完璧じゃないでしょうけれど、こっちの事も見えてるし、喋ったりもできますよ」  「これもナノマシンのおかげだよ」  ドクターとミノトおにいちゃんがなんだか自慢げに言った。  「ナノマシンって、やっぱすげーんだな。オレらの顔変えるだけじゃなくて、そんなことまで出来るなんて」  「脳を補佐してるってこと?」  「いいえ。新しい領域を作って、持ってなかった機能を追加しています」  そうか、ってヤンテさんが言って、イウの前で手を上下に動かした。ミノトおにいちゃんがやったのといっしょの動き。イウはその手の動きにつられて頭を振った。  「何してるのよあんた」  「いや、面白いなと思って。ほーらイウたん」  「僕の妹で遊ぶのは止めろよ、ヤンテ。それに二人とも、イウに自己紹介もしてないじゃないか」  まだイウのまえで手を振っていたヤンテさんは、怒った調子で言ったミノトおにいちゃんを〈ハテナ?〉て感じで振り仰いだ。半眼でヤンテさんを見ていたレキサさんも、ミノトおにいちゃんを見て、そして頷いて言った。  「そうね。イウ=ゼノムーガワ。あたしはレキサ。レキサ=ギョツチョツ」  柔らかく、でもしっかりした芯のある声。何度も聞きたいと思わせる声だった。見開かれた茶色い瞳がイウをまっすぐ見た。  「レキサお姉ちゃんだよ。イウ、言ってみて」  イウの隣に立っていた、ミノトおにいちゃんが言った。  「……おねえちゃん……」  イウは、意味も分からず繰り返しただけだったけど、レキサおねえちゃんもミノトおにいちゃんがそうだったみたいに、ふっと優しい顔になった。  「お? また喋った。イウたん、オレはヤンテ=ハネンタピヤ。ヤンテお兄ちゃんだよ~」  どこかに笑みを含んだ声だと思った。何かを面白がっているような声。  「……おにいちゃん、だ、よ……」  「違う、違う。ヤンテお兄ちゃん」  パタパタと顔の前で手を振ったヤンテおにいちゃんが、イウを覗き込んだ。  「……ヤンテおにいちゃん……」  「おお! 聞いたかミノト! オレの名前呼んだぜ!」  嬉しそうに、ヤンテおにいちゃんは、ミノトおにいちゃんを見上げた。  「ですがまだ、聞いたことを繰り返している状況ですね」  「ドクター、そんないい気分に水をさすような事言わんでも」  「イウはこれから成長する可能性があるんですか?」  がっくりとうなだれるヤンテおにいちゃんの隣で、ミノトおにいちゃんがドクターを見た。  「そう分析結果は出てます」  「だから、ソード総帥はこの子を連れてまわれと命令されたの?」  「そうだろうな、レキサ」  シベルベルル隊長はそういうと、机の上のカバンを開けた。  「話は変わるが。三人とも、ソード総帥達から、お前達に渡せと預かってきたものがある」  「え?」  「支給品?」  「なんっスか?」  ミノトおにいちゃん達三人は不思議そうな顔をした。シベルベルル隊長がカバンから三つのものを取り出した。  「これが、ヤンテ」  そして、まず手のひらに収まるぐらいの小さな箱をヤンテおにいちゃんに手渡した。  「そして、レキサ」  レキサおねえちゃんに渡された物は、何か、短い持ち手のついた袋だった。その袋の中から、赤くてピカピカ光るものが見えていた。  ……ああいうのがこんなにコワイものだって、その時は知らなかった。  「最後に、ミノト」  ミノトおにいちゃんに渡されたものは、ドクターが持ってるような四角くて薄い板だった。   「ひゃほー! タバコじゃないですか? 禁煙しろって言われてたのに!」  箱を開けたヤンテおにいちゃんが、嬉しそうに言った。  「電子タバコだ。タールもニコチンの入ってはいない。格好つけるための道具だ、だそうだ」  「えー、まあ禁煙一応成功してますからね」  「禁煙は続けろ、だと。他にもその箱にはいろいろと機能がついているらしい。詳しいことは設定資料の中に書いてある、ということだ」  「シベルベルル隊長、この銃は?」  ピカピカ光るプレゼントをなでて、レキサおねえちゃんがいった。  「一瞬痺れさせるぐらいから、殺害も可能な範囲まで、コントロールできる電撃銃だ」  「そう、素敵」  ふっと、レキサおねえちゃんは笑った。そのレキサおねえちゃんを、ミノトおにいちゃんとヤンテおにいちゃんが怖そうな顔をして見ていた。  「……僕のこのパソコンは?」  気を取り直してといった感じで、ミノトおにいちゃんが口を開いた。  「医者になりたいと言っていただろう、ミノト。その中には中央都の大学の医学部の試験を受けるための、参考書ともっと実践的な医学書が入っているらしい。それで勉強しろということだ」  「え、あ、ソード総帥達が僕に? 本当に?」  ミノトおにいちゃんは信じられないといった顔で、胸に抱いたパソコンを見た。  「よかったですわね、ミノトさん。でもまだ医者になりたい気持ち残っていますか?」  「ええ、ドクター! 僕、がんばりますよ!」  「そうですか、よかった」  ドクターはホントにホッとした、という感じで笑った。  「でもどうして、オレ達にこんなに良くしてもらえるんッスか?」  ほんとうにわからないっていった調子のヤンテおにいちゃんに、シベルベルル隊長は勘違いするなと言った。   「ヤンテに渡したのは、試作品だそうだ。実際に使ってみて、使えそうなら増産する。レキサのも同じだ。性能試験は済んでいるがな、実際に使い物になるかどうかを何人かに支給して確認中だ。  ミノトのは、ミノト個人というよりも、組織全体の能力を上げるためだ。勉強したいという人間のバックアップは常にしている。その一環だ。ちゃんと渡す理由がある」  「それでも嬉しいです」  ホントにミノトおにいちゃんは嬉しそうにパソコンをなでていた。  「それと、レキサとヤンテ。ソード総帥達が使ってみた感想を聞きたいそうだ、使用後には報告しろということだ」  『了解』  レキサおねえちゃんが、赤くてぴかぴかする物を見つめていて、ヤンテおにいちゃんも満足そうだ。  そのお兄ちゃん達三人を見てから、シベルベルル隊長はぱんっと、手を打った。   「報告会はこれで終わりだ。上のBー十六・十七号室に着替えを置いている。着替えて、第二甲板に行け。車の準備がしてある。その車に乗って第十三地区を目指してもらう。詳しい道のりはお前達の携帯のナビに入れておいたから、そのとおりに行動しろ。以上だ」  『了解』  ミノトおにいちゃんたち三人は声をそろえて答え、それから少し戸惑ったように、ミノトおにいちゃんがイウの方を見た。  「イウはどうするんです?」  「先に車に乗せておく。問題ない」  「分かりました」  そういうと、ミノトおにいちゃん達三人は部屋をでていった。  「三人とも元気そうでよかった」  最後にでていったヤンテおにいちゃんが扉を閉めるとドクターが心底ほっとしたという口調で言った。でも、それを聞いてシベルベルル隊長が首を横に振った。  「どうかな? 三人とも人としてかなり危険な場所にきている。ソード達への忠誠は麻薬と同じだ。人から想像力や思考力を奪う」  ドクターが唇をかんだ。シベルベルル隊長がどこか淋しげに続けた。  「だが、所詮私たちはテロリスト。頭脳であるソード達に対する忠誠に文句を言っていいわけない……か」  そこまで言ってから、気を取り直したように声の質を変えて、ドクターを見た。  「ドクター、報告書は預ける。その子を車に乗せたら、決めたとおり空路で中央都へ帰ってくれ」  報告書を受け取って、ドクターはイウの顔を覗き込んできた。  「分かりました。  イウ、お外に行こうね。車に乗るのよ」  イウの車椅子が押されて、部屋の外に出た。狭い廊下をまっすぐ進み、途中でドクターの部屋に寄ってから、エレベータで上に上がった。そうしたら屋根のある大きな広い場所に出た。エレベータの近くに一台の白い〈車〉が停めてあった。  その場所は、なんだか変なにおいがしていた。それが海のにおいだって、そのうち分かったことなんだけど。  車の後ろには四つの〈スーツケース〉が置いてあった。〈赤〉〈青〉〈黄色〉と〈黒白チェック〉のスーツケースだ。後は、〈パラソル〉と〈ブルーシート〉。  ドクターは車に近付くと、後ろのドアを開けて、何かのスイッチを押した。そしたら、するするって車の床が地面に向かって降りてきた。それからドクターは車の中に入って、何かごそごそしていた。それで、また何かのスイッチを押すと、車の床から腕が伸びてきた。ピカピカ光る銀色の腕だ。その腕はイウの車椅子の下に潜り込み、キューンと音をたてて、イウの車椅子を車の中に引っ張り上げた。〈機械〉の腕がイウの車椅子の下に全部隠れると、ガチャッと音がした。  「よし固定終了ね」   ドクターが満足そうに言って、それでイウの車椅子をちょっと揺さぶったけど、車椅子はびくともしなかった。  「ドクター」  車の外から呼ぶ声がした。その声はミノトおにいちゃんだった。ドクターが車から降りた。  「ミノト、レキサ、ヤンテ」  「この車があたしたちのなの?」  姿は見えなかったけど、レキサおねえちゃんの声も聞こえた。  「ええそうよ」  「ダサい……」  その声はすごく不満そうだった。  「仕方ないわよ。このタイプが一番よく走ってるワンボックスカーだもの。イウの車椅子も荷物も沢山積めて、便利よ?」  「ふーん。目立ちたくないから、ね」  不満そうな口調のままのレキサおねえちゃんの言葉。  「さ、三人とも。今からイウの車椅子の固定方法教えるから。よく聞いててね」  ドクターが気分を変えるように言って、四人が後ろでなにかしている音と声が聞こえてきた。しばらくして。  「これで終わりよ」  「全自動か。簡単ッスね」  「そうね。最初にイウの車椅子を止める位置さえちゃんとしとけば、あとは問題ないわ」  『了解』  ミノトおにいちゃんたち三人の声が重なって聞こえた。  「じゃあ後は、スーツケースを乗せるだけね」  「どの色が誰のなんですか? ドクター」  「えっと、ミノト、あなたが青で、赤いのがレキサ。黄色がヤンテ。黒白チェックがイウのよ」  「へー了解っと。でも、誰が選んだのか知らないけど、ポップで良いッスね」  「そう思うのはあんただけよ。ヤンテ」  「まあ確かに派手だけど、積んでしまおうよ」  そうミノトおにいちゃんが言って、スーツケースと他の荷物が積まれた。ボスボスボスッと車が揺れて、ばたん。後ろのドアが閉められた。  「それじゃあ、休暇を楽しんで。三人とも元気でね」  「ドクターも元気で」  ミノトおにいちゃんの声がして、ドクターが車から離れたのがわかった。ちょっと間をおいて、ミノトおにいちゃんたちが車に乗り込んだきた。  レキサおねえちゃんが〈運転席〉。ミノトおにいちゃんが〈助手席〉。ヤンテおにいちゃんがイウのお隣の席だ。  「とっとと出発しようぜ、レキサ。安全運転でな」  「何言ってるのよ、ヤンテ。この車、完全自動式よ。ハンドルなんて握ることもないわ」  「残念だね。レキサさん」  「まあいいわ。ナビ。目的地に向けて出発」  「イウ、結構長距離移動するから、気持ち悪くなったりしたらすぐ言ってね」  ミノトおにいちゃんが振り向いて言ってきた。イウは頷いた。そうして、車はゆっくりと走り出した。  イウ達がそれまでいたのは、お船の中だった。今、記憶を見直して分かった。それもかなり大きなお船。車はお船のお腹から出て、〈波止場〉を通り過ぎ、〈道路〉へと出た。イウの記憶はそこから曖昧になっていった。とっても疲れて、眠くなったんだ。それで、しばらくするとイウは眠ってしまった。
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