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1 片恋消しゴム
消しゴムの恋まじない。
誰もが、一度は聞いたことがあるだろう。簡単な恋愛成就のおまじないだ。
消しゴムをケースからはずし、本体に片想いの相手のフルネームを書く。それを、誰にも名前を見られずに使いきれば、両想いになれるというものだ。書くペンは赤だったり黒だったりするが、戸田るりが卒業した小学校で流行っていたのは、ピンクのペンで書くパターンだった。
るりはピンクの油性ペンで、片想い中の相手の名前「中曽根悠」をしっかりと書きこんで、ケースに戻した。それをまた厳重にペンケースの奥にしまいこんで、さらにペンケースを通学かばんの奥に入れ、学校と家を行き来した。
マトリョーシカのように奥へ奥へとしまいこまれた、片想いの証を刻んだ消しゴム。
それは中学一年生にしては、幼い行為だったのかもしれない。
そして現在、るりはその行為によって、こんなにも困惑している。
「だから、消しゴム貸してって」
図々しくもそう言いはなったのは、るりのとなりの席の悠だった。
そう。まさしく、片想い進行中の相手だ。
五月中旬。ようやくなじみ始めた制服に身を包んだ生徒たちに、初夏の明るい日差しが差しこんでいる、一年二組の教室。
一限目の先生がまだ来ていないこの時間、教室内はにぎやかだった。
そんな教室の中で、なにやらノートにシャープペンシルを走らせていた悠は、るりに気さくに「それ、貸してくれる?」と言い、消しゴムを指さしたのだ。るりがすっとぼけて「何のこと?」と返したけれど、何ら効果はなかった。
なぜ、無防備にも消しゴムを机上に転がせていたのか。
今さら悔やんでも、もう遅い。悠は自分の名前が書かれているとも知らないそれを、ただ貸してほしいと言っているだけなのだ。
るりと悠は、幼なじみだ。軽口を叩き合える仲であるがゆえに、物の貸し借りも気軽にできてしまう間柄だった。
「えっと……」
ここで言葉がつまったるりに、悠は気づかない。
となりの席の特権とばかりに、無遠慮に机に手を伸ばし、消しゴムをさらってしまった。
「ちょっと、借りるな」
「あ!」
小さく悲鳴を上げたときには、遅かった。禁断の消しゴムは悠の手に渡り、ノートに擦りつけられている。悠は、呑気に鼻歌を歌いながら文字を消しはじめた。
まさかそこに、自分の名前が書かれているなんて、本人は思ってもいないだろう。
(だ、大丈夫そうかな?)
るりは固唾を飲んで見守る。
普通に使われれば、おまじないがバレることはない。
ないはず──だったが。
(え……両手で、持った?)
悠が右手のペンを机に置き、両手で消しゴムを持った。よく見たら、使われ小さくなった消しゴムの先端は、ケースから少ししか出ていない。
それはまさしく、ケースから消しゴムを引き抜こうとしている動作。
全部は、出さないかもしれない。
でも、もし、消しゴム本体の一面に書かれたピンクの文字に、気づかれてしまったら……──。
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