1 片恋消しゴム

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 るりが消しゴムの消失に気がついたのは、ランチタイム後の五限目、数学の授業中だった。  誤った数式を消そうとペンケースの中を探したら、なかったのだ。  何度も手探りするが、やはりない。大切にしすぎて奥まで押しこんでいたが、小さなペンケースの狭い世界。見逃すはずがない。  理科の時間では使った覚えがあったため、消しゴムだけを理科室に置いてきてしまった可能性が高かった。 (やだ、絶対に見つけなくっちゃ)  拾われるだけなら、まだいい。  しかし、もし万が一、ケースを外され本体を誰かに見られたとしたら、るりは恥ずかしさのあまり、学校に来られなくなってしまうだろう。  るりは焦る気持ちを押さえつけ、とりあえず書き損じた文字をペンで塗りつぶした。  となりの席では何も知らない中曽根が、数学教師の子守唄のような説明に負けているのか、こっくりと船をこいでいた。  放課後になると、るりは一人職員室へと赴き、理科室の鍵を借りた。  本日三度目となる理科室の訪問は、今日一番の静けさだった。  三階に位置する理科室。外から見えるグラウンドでは、野球部やサッカー部、陸上部がそれぞれのエリアで準備運動などをしていた。五月の空は清々しく、外からは爽やかであろう清風が、窓ガラスを小さく揺すった。  部活が始まったばかりのこの時間、サッカー部の悠も、きっと今頃あのグラウンドで活動をし始めているのだろう──と、るりは目を細める。  悠とあまり話せなくなってしまった、今の関係。  こんな状況で消しゴムのおまじないを続けるなんて、意味がないことかもしれない。  それでも、消しゴムを探しに来た自分は滑稽(こっけい)だ……とるりは思った。 (でも、他の人に、見つかるわけにはいかないし)  るりは身をかがめて、床の上などを探し始めた。どこかに転がってしまったのかもしれない、と考え下の方をチェックする。  人工的な木目の床とにらめっこしながら、少しずつ歩を進めた。  ゆっくりと、理科室の奥へ、奥へと進んでいく。  そんなふうに集中して見ていたから、るりは背後から近づく人物に気がつかなかった。気づいたのは、その人物が声をかけてくれたからだった。 「何してるの」 「えっ」  突然の声は、るりの上半身を起こさせた。  まさか、人から話しかけられると思ってもいなかったるりの心は、準備不足だ。しかも聞き覚えのある声に、心臓が早鐘を打った。  その声は、まさしく──。
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