18人が本棚に入れています
本棚に追加
「な、中曽根……!?」
悠だったからだ。
おそらく、部活へ行く途中だったのであろう彼の恰好は、ティーシャツにジャージズボンだ。右脇はジャージの上着を抱え、手の先はズボンのポケットに突っ込んでいた。
「なんで……中曽根がいるの」
るりは当たり前の疑問を、彼にぶつけた。
「グラウンドから、職員室で鍵を借りてるの、見えたから」
「え?」
悠の回答は、的外れだ。
たしかに、一階に位置する職員室は、グラウンドから中がよく見える。部活へ行こうとしていた悠が、るりが職員室で鍵を借りるところを見ることもできただろう。
けれどそれは、ここに来た理由にはならない。
なぜ、鍵が理科室のものだとわかったのか。わかったとして、なぜ部活よりもこちらへ、足を向けたのか。
疑問符が頭に浮かぶるりの心には、久しぶりに言葉をかわせたことの小さな喜びと、大きな動揺が占めていた。
「……今日」
ぽつりと、悠が言った。
「大谷のおふざけで、もしかしたらって……思ったんだ。前に戸田が、消しゴム取ったのって……もしかして、おまじないをしていたからなのかなって」
「……!」
るりの頬に、朱が差した。
一番心配していたことを、悠が言ったからだ。
「……し、してない! してないよ!」
思わず、るりは嘘をついた。
それを聞いた悠は、まっすぐにるりを見つめ、ポケットに入れていた右手を差し出した。
「これ、探してたんだろ?」
「え……」
上向きに開かれた悠の右手。
その中にあったのは、まぎれもなく──るりの、消しゴムだった。
るりは言葉を失う。
なぜ、よりにもよって、悠がそれを拾っているのか。その疑問は、本人がすぐに教えてくれた。
「俺、理科係だから後片付けしていて……戸田の忘れ物に、気がついたんだ」
少しだけ、言いづらそうに続ける。
「それで、さっきも言ったとおり、もしかしたらって思って……ペンケースから出して、見ちまった。消しゴムのおまじない」
「……!!」
言われたことを理解した瞬間、るりの羞恥は頂点に達した。
悠の視線は変わらずにまっすぐに、るりを射ぬく。でもるりは、恥ずかしさに泣きそうになって、口元を小さく震わせていた。
なんで。どうして。やだ。嘘。恥ずかしい。
そんな言葉が、頭を埋め尽くし──。
(泣きたい……逃げたい!)
混乱したるりは、一番強い感情に引っぱられて、悠の前から逃げようとした。
身をひるがえし、理科室の扉へ行こうとする──が。
「待てって!」
すぐに悠の手が、るりの左腕をつかんでしまったので、それも出来なくなった。
慌てているように聞こえた悠の声が、理科室内に響く。
「これ……! 戸田も、見ろよ!」
どこか逼迫しているような声音につられて、るりも混乱した頭のままそちらを見た。
痛いくらいに掴まれた、るりの左腕。その先の左手に、悠は小さな何かをそっと握らせた。
恐る恐る、るりが左手を開くと、そこには消しゴムがあった。
でもそれは、るりのものではない。どこか見覚えのあるケースに入れられているそれは、悠の消しゴムだった。
「……ケース、はずして見てよ」
小さく囁いた悠に、るりは静かに向き合った。悠の頬も赤くなっているように見えたのは、気のせいだろうか。
るりは言われたとおり、ケースから消しゴム本体を取り出した。
そこには、悠のクセのある字で不器用に、こう書かれていた。
最初のコメントを投稿しよう!