1 片恋消しゴム

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「な、中曽根……!?」  悠だったからだ。  おそらく、部活へ行く途中だったのであろう彼の恰好は、ティーシャツにジャージズボンだ。右脇はジャージの上着を抱え、手の先はズボンのポケットに突っ込んでいた。 「なんで……中曽根がいるの」  るりは当たり前の疑問を、彼にぶつけた。 「グラウンドから、職員室で鍵を借りてるの、見えたから」 「え?」  悠の回答は、的外れだ。  たしかに、一階に位置する職員室は、グラウンドから中がよく見える。部活へ行こうとしていた悠が、るりが職員室で鍵を借りるところを見ることもできただろう。  けれどそれは、ここに来た理由にはならない。  なぜ、鍵が理科室のものだとわかったのか。わかったとして、なぜ部活よりもこちらへ、足を向けたのか。  疑問符が頭に浮かぶるりの心には、久しぶりに言葉をかわせたことの小さな喜びと、大きな動揺が占めていた。 「……今日」  ぽつりと、悠が言った。 「大谷のおふざけで、もしかしたらって……思ったんだ。前に戸田が、消しゴム取ったのって……もしかして、おまじないをしていたからなのかなって」 「……!」  るりの頬に、朱が差した。  一番心配していたことを、悠が言ったからだ。 「……し、してない! してないよ!」  思わず、るりは嘘をついた。  それを聞いた悠は、まっすぐにるりを見つめ、ポケットに入れていた右手を差し出した。 「これ、探してたんだろ?」 「え……」  上向きに開かれた悠の右手。  その中にあったのは、まぎれもなく──るりの、消しゴムだった。  るりは言葉を失う。  なぜ、よりにもよって、悠がそれを拾っているのか。その疑問は、本人がすぐに教えてくれた。 「俺、理科係だから後片付けしていて……戸田の忘れ物に、気がついたんだ」  少しだけ、言いづらそうに続ける。 「それで、さっきも言ったとおり、もしかしたらって思って……ペンケースから出して、見ちまった。消しゴムのおまじない」 「……!!」  言われたことを理解した瞬間、るりの羞恥は頂点に達した。  悠の視線は変わらずにまっすぐに、るりを射ぬく。でもるりは、恥ずかしさに泣きそうになって、口元を小さく震わせていた。  なんで。どうして。やだ。嘘。恥ずかしい。  そんな言葉が、頭を埋め尽くし──。 (泣きたい……逃げたい!)  混乱したるりは、一番強い感情に引っぱられて、悠の前から逃げようとした。  身をひるがえし、理科室の扉へ行こうとする──が。 「待てって!」  すぐに悠の手が、るりの左腕をつかんでしまったので、それも出来なくなった。  慌てているように聞こえた悠の声が、理科室内に響く。 「これ……! 戸田も、見ろよ!」  どこか逼迫しているような声音につられて、るりも混乱した頭のままそちらを見た。  痛いくらいに掴まれた、るりの左腕。その先の左手に、悠は小さな何かをそっと握らせた。  恐る恐る、るりが左手を開くと、そこには消しゴムがあった。  でもそれは、るりのものではない。どこか見覚えのあるケースに入れられているそれは、悠の消しゴムだった。 「……ケース、はずして見てよ」  小さく囁いた悠に、るりは静かに向き合った。悠の頬も赤くなっているように見えたのは、気のせいだろうか。  るりは言われたとおり、ケースから消しゴム本体を取り出した。  そこには、悠のクセのある字で不器用に、こう書かれていた。
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